37話 奪われた自由
ドッキング完了の衝撃が船内に響く。
**ガンッ――。**
アーク・ノヴァと大型巡航艦が完全に接続された。
『隔壁突破まで十秒。』
ノアが冷静に告げる。
「総員、持ち場を離れるな。」
アレックスが短く命じた。
誰も武器を手に取らない。
相手の兵力は圧倒的だった。
抵抗すれば無駄な犠牲が出るだけだ。
その判断は、誰の目にも明らかだった。
次の瞬間。
**ドォン!**
爆薬で隔壁が吹き飛ばされる。
煙が立ち込める中、黒い強化装甲服に身を包んだ武装兵士たちが雪崩れ込んできた。
「動くな!」
「全員、その場に伏せろ!」
高出力ライフルの照準が一斉にクルーへ向けられる。
遥が一歩前へ出ようとする。
しかし隼人が腕をつかんだ。
「やめろ。」
「今は勝てない。」
数十人の兵士が船内へ次々と侵入する。
中央作戦室。
機関室。
医療室。
農業プラント。
武道場。
船内はものの数分で制圧されていった。
『警告。』
『本艦システムへ不正アクセス。』
『管理権限を喪失しました。』
ノアの声がわずかに揺らぐ。
「ノアまで……!」
玲奈は唇をかむ。
その時だった。
地球軌道上の通信衛星群を経由し、**量子通信回線が開く。**
ノイズのない、異常なほどクリアな声が船内に響いた。
『――制圧状況、確認。』
それは堀内の声だった。
だが彼はここにはいない。
**地球の地上施設から、量子通信でアーク・ノヴァへ直接語りかけていた。**
『アーク・ノヴァ、完全確保まで予定通り。』
『抵抗は無意味だ。』
ブリッジの空気が凍る。
玲奈が通信端末を睨む。
「堀内……!」
地球からの声は淡々と続く。
『君たちは優秀だ。だからこそ回収する価値がある。』
『義体転送技術は国家資産だ。』
『宇宙開発は管理されるべき領域に入った。』
その言葉と同時に、兵士たちはさらに制圧を進める。
アレックスも、遥も、隼人も、抵抗することなく両手を差し出した。
そして――。
ブリッジの扉が開く。
ゆっくりと、堀内の“代理指揮権限”を持つ将校が姿を現す。
「あの指揮官何処かで・・・・」
だがその背後で、量子通信はまだ続いていた。
『久しぶりだね、神谷玲奈君。』
堀内の声が直接脳に響くように届く。
『やはりアーク・ノヴァは素晴らしい。』
『十年経っても色褪せない。』
玲奈は鋭く睨みつけた。
「何が目的なの?」
地球からの声は即答する。
『君たちだ。正確には――義体転送技術だ。』
船内が静まり返る。
堀内は続ける。
『人類はすでに次の段階に入った。』
『老いも病も克服する時代だ。』
玲奈は怒りを隠せず叫んだ。
「違う!」
「それは人類を支配するための技術じゃない!」
「命を救うための技術よ!」
「病気で未来を失う人。」
「事故で命を落とす人。」
「宇宙へ挑戦する人。」
「そのために生まれた技術なの!」
堀内の声は冷たくなる。
『理想論だ。』
『人は永遠の命を望む。』
『それが現実だ。』
玲奈は一歩前へ出る。
兵士たちが銃口を向けるが、彼女は怯まない。
そして強く言い放つ。
「宇宙は誰のものでもない!」
「あなたのものでも、国家のものでも、企業のものでもない!」
「人類全体のものよ!」
「いつか誰もが義体転送技術を使って、不死として生きる時代は来る!」
「でもそれは、誰かが独占して作る未来じゃない!」
「みんなで選び取っていく未来なの!」
一度息を吸い、さらに続ける。
「だから今は――」
「第2の地球、第3の地球を探さなきゃいけない!」
「人類が宇宙の中で生きていける場所を見つけるために!」
「それを止める権利なんて、誰にもない!」
ブリッジが静まり返る。
地球からの通信も、一瞬だけ途切れた。
だがすぐに堀内の声が戻る。
『……やはり君は危険だ。』
『連行しろ。』
『アーク・ノヴァも含めて、すべて管理下に置く。』
その瞬間だった。
船内の照明が一瞬だけ揺らぐ。
ノアの声が低く響く。
『外部制御権限の侵入を確認。』
『防御プロトコル起動。』
だが次の瞬間、システムは強制的に沈黙した。
『……アクセス遮断。』
「ノアまで……!」
遥が歯を食いしばる。
兵士たちは容赦なくクルーを拘束していく。
その中で、玲奈だけは最後まで地球の“声”を睨み続けていた。
「あなたは間違ってる。」
堀内は微笑み
そして、ゆっくりと指を鳴らす。
モニターが切り替わる。
そこに映し出されたのは、巨大な軌道市場だった。
無数の広告。
「意識バックアップサービス」
「義体アップグレード契約」
「記憶保存サブスクリプション」
「世代継承プラン」
そして最後に、大きく表示される文字。
**IMMORTALITY IS A SERVICE**
堀内は静かに言った。
『永遠の命も金になる。』
『そして、人類は必ずそれを買う。』
玲奈の瞳が揺れる。
アレックスは低く呟いた。
「……ここまで来たか。」
遥は拳を握りしめる。
「ふざけるな……。」
だが兵士たちは容赦なく彼らを拘束していく。
その中で、玲奈は最後まで地球の声を見据えていた。
『あなたは間違ってる。』
堀内は冷たい表情を浮かべて言う。
『それを決めるのは市場だよ。』
そして――。
アーク・ノヴァは静かに“資産”として曳航されていった。
宇宙の闇の中へ。
地球からの量子通信だけが、最後まで途切れずに残り続けていた。
誰のものでもないはずの宇宙が、ゆっくりと誰かのものへ変わっていく音だけを残して。




