36話 十年で変わった世界
『アーク・ノヴァへ告ぐ。』
突然、通信回線が強制的に開いた。
低く威圧的な男の声がブリッジに響く。
『こちら、HORIUCHI SPACE所属大型巡航艦。』
『貴艦を臨検する。』
『直ちに機関を停止し、武装を解除せよ。』
『抵抗した場合、本艦は実力を行使する。』
その直後、アーク・ノヴァを取り囲むように数隻の大型ドローンが姿を現した。
さらに、その後方には無数の戦闘機が待機している。
玲奈が息をのむ。
「完全に包囲されてる……。」
真田が機関室から報告する。
「エンジンは動くが、戦闘は無理だ!」
ハッサンも続ける。
「船体にだいぶダメージがあるようだ 逃げ切れる保証はない」
アレックスは静かに状況を見つめていた。
「……勝ち目はないな。」
遥も拳を握り締める。
「ここまで帰ってきたのに。」
アレックスはゆっくりとうなずいた。
「全機関停止。」
「抵抗はしない。」
『了解しました。』
ノアが主機関を停止する。
その瞬間、巨大なヴァルハラから無数の固定ビームが放たれ、アーク・ノヴァを拘束した。
『拿捕完了。』
『乗組員は全員、武器を放棄してください。』
しばらくすると、相手艦との映像通信が開かれた。
大型スクリーンに、一人の男が映し出される。
年齢は六十代半ば
高級そうな黒いスーツを身にまとい、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
その顔を見た瞬間、遥が目を見開く。
「……堀内。」
かつて国家宇宙計画を妨害し、逮捕されたはずの男だった。
堀内はゆっくりと拍手をした。
「いやあ。」
「実に驚いた。」
「本当に帰ってくるとはね。」
ブリッジには重い空気が流れる。
アレックスが鋭く問いかけた。
「なぜ、お前がそこにいる。」
堀内は笑みを崩さない。
「君たちがブラックホールへ飲み込まれた日。」
「世界中がアーク・ノヴァは消滅したと判断した。」
モニターには十年間のニュース映像が映し出される。
宇宙開発計画の中止。
国家宇宙機関の縮小。
そして、新たに誕生した巨大企業。
**HORIUCHI SPACE**
堀内は誇らしげに両手を広げた。
「私はね。」
「その出来事を人生最大のチャンスだと思った。」
「十年。」
「たった十年で世界は変えられる。」
次々と映像が切り替わる。
巨大な宇宙ステーション。
月面都市。
火星輸送船団。
資源採掘基地。
そのすべてに、同じロゴが描かれていた。
**HORIUCHI SPACE**
「宇宙港。」
「宇宙輸送。」
「資源採掘。」
「軌道エレベーター。」
「月面開発。」
「火星物流。」
「すべて私の会社が管理している。」
堀内は満足そうに笑った。
「私は十年をかけて、宇宙市場を事実上支配した。」
「政府よりも大きな力を持つ企業を築いたのだ。」
ジョンが低い声でつぶやく。
「宇宙を独占したというのか……。」
「独占?」
堀内は肩をすくめた。
「違う。」
「効率化しただけさ。」
「競争など無駄だ。」
「一つの企業が管理した方が、人類は豊かになる。」
遥は怒りを抑えながら言った。
「そのために通信まで妨害しているのか。」
堀内は否定もしない。
「アーク・ノヴァが帰還したことを、まだ世間に知られるわけにはいかない。」
「君たちは十年前に行方不明になった英雄だ。」
「その英雄が突然帰ってきたら、世界は混乱する。」
堀内はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「だから安心してほしい。」
「君たちは丁重にもてなす。」
「もちろん――私の管理下でね。」
通信が切れる。
その直後、ヴァルハラからドッキングアームがゆっくりと伸び始めた。
巨大な鋼鉄の腕は、逃げ場のないアーク・ノヴァへ静かに迫ってくる。
アレックスは窓の外を見つめ、小さくつぶやいた。
「……せっかく帰って来れたと言うのに、」
誰も答えなかった。
十年の空白が生んだ新しい世界で、アーク・ノヴァの新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた。




