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35話 十年後の宇宙


アレックスは操縦桿を一切動かさなかった。

アーク・ノヴァは、ひかりが示した航路を寸分の狂いもなく進んでいく。

次の瞬間――。

前方の光が一気に弾けた。

漆黒の空間は消え去り、その先には青白い稲妻が無数に走っていた。


「衝撃に備えろ!」


轟音が船内を揺らす。

船体全体が悲鳴を上げるように軋み、誰もが座席へ身体を押しつけられた。

窓の外では、雷光が巨大な龍のように絡み合い、その中心では業火にも似た赤いエネルギーが渦を巻いている。


青い雷。


赤い炎。


白い光。


三色のエネルギーが互いにぶつかり合い、宇宙そのものが燃え上がっているようだった。


「抜けろぉぉぉ!」


アレックスが叫ぶ。

アーク・ノヴァは業火の渦へ真正面から飛び込んだ。

船体が激しく振動する。

警報が鳴り響く。

照明が何度も消え、再び点灯する。

やがて――。

すべての音が消えた。


「……。」


静寂だった。

あれほど荒れ狂っていた空間が嘘のように消え去り、窓の外には無数の星々が静かに輝いている。

見慣れた宇宙。

穏やかな星間空間だった。

誰も言葉を発することができない。

最初に口を開いたのはノアだった。


『全システム点検開始。』


『船体損傷率、一二パーセント。』


『生命維持装置正常。』


『主機関正常。』


『人工重力正常。』


『航法システム正常。』


玲奈が深く息を吐く。


「帰って……来られた?」


『現在位置を測定します。』


数秒後、ノアが答える。


『恒星配置を照合。』


『太陽系外縁部。』


『本艦がブラックホールへ吸い込まれる直前の宙域と、ほぼ同一座標です。』


ブリッジに歓声が上がる。


「やった!」


「戻れた!」


隼人が拳を突き上げる。

リサもジョンも思わず笑顔になる。

しかし、その喜びは長く続かなかった。

ノアの声が再び響く。


『追加報告があります。』


その声は、どこか重かった。


「どうした?」


アレックスが尋ねる。


『恒星の固有運動。』


『惑星位置。』


『パルサー周期。』


『銀河基準時計。』


『すべてを照合しました。』


ノアは静かに結論を告げる。


『現在時刻は、本艦がブラックホールへ突入した時刻より――』


わずかな間。


『約十年後です。』


誰も動かなかった。


「……十年?」


遥がつぶやく。


「十年だって……?」


『はい。』


『本艦では数日しか経過していません。』


『しかし外宇宙では約十年が経過しています。』


玲奈は力なく椅子へ座り込んだ。


「そんな……。」


ジョンも言葉を失う。


「相対論だけでは説明できない。」


「三つの宇宙が交差した影響か……。」


アレックスは静かに命令した。


「地球へ通信。」


「すぐに本部へ帰還報告を送れ。」


『了解。』


ノアが通信アンテナを展開する。


『送信開始。』


数秒後。


『……異常。』


「どうした?」


『通信が遮断されています。』


『周波数を変更。』


『量子通信へ切り替え。』


『レーザー通信へ変更。』


『旧式通信へ変更。』


何度試しても結果は同じだった。


『すべて失敗。』


『解析結果。』


『通信は自然現象による障害ではありません。』


ブリッジが静まり返る。


『人為的に妨害されています。』


「誰かが……地球との通信を遮断している?」


玲奈が信じられないという表情でつぶやく。

その時だった。


『前方より大型物体接近。』


ノアの警報が鳴る。

メインスクリーンに巨大な宇宙船が映し出された。

アーク・ノヴァと同等の巨大な船体。

武装も装甲も、かつて見たどの宇宙船より重厚だった。

ゆっくりと接近してくるその船体の側面には、大きな白い文字が刻まれている。


**HORIUCHI SPACE**


その文字を見た瞬間、ブリッジの空気が凍りついた。

遥が小さくつぶやく。


「堀内……。」




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