34話 お別れ
遥は静かに病室へ足を踏み入れた。
規則正しく響く心電図の電子音。
窓から差し込む春の陽射し。
ベッドには、美咲が静かに横たわっていた。
「美咲……。」
遥がベッドのそばへ近づく。
その瞬間だった。
ゆっくりと美咲が目を開けた。
そして、優しく微笑む。
「あなた……来てくれたのね。」
遥は言葉を失った。
そこにいる美咲は、病でやせ細り 今にも命が消えかかる姿であった。
「美咲……。」
美咲は穏やかに笑う。
「あなた 出会った頃の若々しい姿ね」
「わたしの旦那様はこんなに凛々しくかっこ良かったかしら」
その笑顔は、遥が人生で何度も救われてきた笑顔だった。
遥は美咲の手をそっと握る。
その手は、不思議なほど温かかった。
「私は、もう行くけど……。」
「あなたは違う。」
遥は首を横に振る。
「俺も……多分、死んだっぽい。」
ブラックホール。
仲間たちが黒い塵となって消えていく光景。
自分の身体も崩れていった感覚。
あれが死でなくて何だというのだろう。
しかし、美咲は静かに微笑み言った。
「違うわ。」
「あなたは死んでない。」
「私にはわかる。」
遥は驚いて顔を上げる。
「あなたには、まだやることがある。」
「今まで、あなたは家族のために生きてきた。」
「自分の夢を後回しにして。」
「やりたいことも我慢して。」
「私たち家族を守るために、一生懸命だった。」
美咲は優しく微笑み続ける。
「だから今度は、自分のために生きて。」
「あなたが本当にしたかった冒険を続けて。」
「私のことは気にしないで。」
「恋だってしていいんだから。」
遥は思わず笑ってしまう。
「そんな年じゃないだろ。」
「今の貴方は若いじゃない。」
美咲も声を立てて笑った。
「そうだった。」
「だったら、なおさらね。」
病室に穏やかな時間が流れる。
やがて美咲は、遥の手をぎゅっと握った。
その瞳が、まっすぐ遥を見つめる。
「遥。」
「真っ直ぐ進むの。」
「迷わないで。」
「あなたなら、きっと乗り越えられる。」
その言葉を聞いた瞬間――
世界が白い光に包まれた。
心電図の音が遠ざかる。
病室が消える。
春の陽射しが消える。
美咲の笑顔だけが最後まで残っていた。
「ありがとう。」
遥がそう呟いた瞬間。
視界が一気に切り替わった。
激しい警報。
船体を揺らす轟音。
コンソールの警告音。
アーク・ノヴァのブリッジだった。
遥は我に返る。
目の前には操縦桿を握るアレックス。
ノアが必死に航路を表示している。
「アレックス!」
遥は叫んだ。
「真っ直ぐ進め!」
放心状態だったアレックスは我に返って力強くうなずく。
「ああ。」
「俺も今、確信した。」
「この道で間違いない。」
アレックスは操縦桿を一切ぶらすことなく握り締める。
アーク・ノヴァは、ひかりが示した唯一の航路を、一直線に駆け抜けていった。




