32話 帰還への一筋の光
「目を覚ましたのね。」
エレナが振り返る。
医療室の自動ドアが静かに開いた。
そこにはアレックスが立っていた。
まだ頭には包帯が巻かれている。
完全に回復したとは言えない。
それでも、その瞳にはいつもの力強さが戻っていた。
「船長!」
玲奈が思わず駆け寄る。
「まだ安静にしていないと。」
アレックスは苦笑した。
「脳震とうぐらいで寝ていられるほど、この船は暇じゃないだろ。」
エレナは肩をすくめる。
「本当は止めたいんだけどね。」
「でも、この人は絶対に言うことを聞かないもの。」
アレックスはブリッジ中央へ歩く。
ホログラムには、ひかりが残した一本の青い航路が輝いていた。
しばらく見つめたあと、小さく笑う。
「……たいした天才だ。」
「俺たちに帰り道を残してくれた。」
そして操縦席へ腰を下ろく。
両手で操縦桿を握ると、深く息を吸った。
「操縦は任せろ。」
その一言で、ブリッジの空気が変わった。
「遥。」
「はい。」
「副操縦席へ。」
「了解。」
遥はすぐに左席へ座り、航法システムを起動する。
「隼人。」
「はい!」
「後方モニターと姿勢制御を担当しろ。」
「重力変動を一秒たりとも見逃すな。」
「了解!」
隼人もコンソールへ飛びつく。
玲奈は指揮席へ戻り、全体を見渡した。
「全員、配置について。」
「これより脱出作戦を開始します。」
誰も返事をためらわなかった。
『全乗組員、配置完了。』
ノアが報告する。
玲奈は静かに命じる。
「ノア。」
「ひかりが示した航路と現在の重力変動をリアルタイムで照合。」
「エンジン点火の最適タイミングを計算して。」
『了解。』
スーパーコンピューターが高速演算を開始する
船内の照明が一瞬だけ暗くなり、膨大な電力がノアへ送られる。
数十億通りの未来予測。
重力波。
空間の揺らぎ。
三つの宇宙の位相変化。
すべてを同時に計算していく。
『計算中……。』
誰も声を出さない。
操縦席ではアレックスが静かに操縦桿を握り続ける。
その額には汗がにじんでいた。
やがて。
ノアの声が響く。
『予測完了。』
『三つの宇宙の交差が解除されるまで、残り四十七秒。』
ブリッジに緊張が走る。
『三十五秒後、前方空間に一・八秒間だけ空間の裂け目が発生します。』
ホログラムに細い光の筋が現れた。
『そこが、本来の宇宙へつながる可能性が最も高い領域です。』
アレックスは静かにうなずく。
「一・八秒か。」
「十分だ。」
玲奈が全艦へ通信を送る。
「総員、衝撃に備えてください。」
「これが最後のチャンスです。」
真田誠は機関室でエンジン出力を最大まで引き上げる。
「いつでもいけます!」
ハッサンは船体各部の応力を監視する。
「船体、限界ぎりぎりだ!」
ジョンとリサは観測データを見つめ続ける。
「重力場、変化を始めた!」
「位相がずれていきます!」
隼人が叫ぶ。
「前方!」
「何か来る!」
漆黒しかなかった空間に、小さな白い線が走る。
一本。
また一本。
まるで黒いガラスに亀裂が入るように、空間そのものがひび割れ始めた。
その亀裂は一瞬で広がり、まばゆい白い光が闇の向こうからあふれ出す。
漆黒の世界に、初めて"外"の光が差し込んだ。
アレックスは操縦桿を強く握りしめる。
「帰るぞ。」
「みんな、しっかりつかまれ!」
アーク・ノヴァは、最後の希望へ向かって動き始めた。




