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25話 惨劇の船


「……。」

遥は目を開けた。

薄暗い部屋だった。

天井の照明が、一定の間隔で点滅している。

パッ――。

消える。

パッ――。

また点く。


「……なんだ?」


遥はゆっくりと身体を起こした。

頭が重い。

何か長い夢を見ていたような気がする。

しかし、何の夢だったのか思い出せない。


「みんなは……?」


隼人。

玲奈。

アレックス。

ひかり。

仲間たちの名前が頭に浮かぶ。

遥は立ち上がり、部屋の扉へ向かった。


「ノア?」


返事がない。

自動ドアのセンサーに手をかざす。

ウィーン……。

扉が開いた。

廊下は真っ暗だった。

遥は一歩外へ出る。


「……誰もいない?」


いつものアーク・ノヴァなら、どこかから機械の作動音が聞こえる。

誰かの話し声もする。

食堂から笑い声が聞こえることもある。

だが今は――。

何もない。

遥は慎重に廊下を歩き始めた。

数メートル進んだところで、足が止まった。


「……なんだ、これ。」


壁に赤黒い液体が付着している。

遥は近づいて確認する。


「血……?」


壁には、誰かが手をついたような跡が残っていた。

その横には、何かを引きずったような血痕。

さらに先にも。

また血痕。

そして床にも、赤黒い跡が続いている。


「誰か怪我をしたのか?」


通信機を手に取る。


「アレックス、応答してくれ。」


……。


返事はない。


「玲奈?」


……。


「隼人!」


……。


静寂。


遥は嫌な予感を覚えた。


「おい……。」


拳を握りしめ、血痕の続く廊下を進んでいく

角を曲がる。

そこにも血があった。

壁。

床。

そして天井にまで飛び散っている。


「何があったんだ……。」


その時――。

**カツン……。**

遠くから何かが落ちる音がした。

遥は反射的に身を伏せ、身構える。


「……誰だ?」


返事はない。

ゆっくりと音のした方向へ進む。

照明がまた点滅する。

パッ――。

廊下の先が見える。

誰もいない。

パッ――。

暗闇。

パッ――。

今度は――。

廊下の奥に、人影が立っていた。


「……!」


「誰だ!」


人影は動かない。

一歩近づく。

その瞬間。

照明が消えた。

完全な暗闇。

そして――。

耳元で、誰かの声がした。


「……遥。」


遥の身体が凍りつく。

聞き覚えのある声だった。


「……そんな……。」


ゆっくり振り返る。

しかし、誰もいない。

照明が再び点いた。

廊下には血痕だけが残っている。

遥は息を呑んだ。

血痕は、遥が今いる場所から船のさらに奥へ向かって続いていた。


「……行くしかないか。」


遥は、覚悟を決めて暗い船内へ歩き出した。

しばらく進むと、医療室の扉が見えてきた。

扉は半開きになっている。

遥が中を覗く。


「……エレナ!」


床にエレナが倒れていた。

白衣は血で染まり、ピクリとも動かない。


「エレナ……?」


遥が駆け寄ろうとした、その時だった。


「う……。」


背後からうめき声が聞こえた。

振り返る。

イザベルが必死に逃げてくる。


「遥!」


「助けて!」


その後ろから、アレックスがゆっくりと歩いてくる。

しかし、その姿は遥の知っているアレックスではなかった。

目は虚ろ。

口元には血。


「船長……?」


アレックスが突然走り出した。


「逃げろ!」


イザベルが叫ぶ。

しかし、間に合わなかった。

アレックスがイザベルに飛びかかる。


「いやぁぁぁ!」


鋭い牙がイザベルの肩へ食い込む。


「アレックス! やめろ!」


遥が叫ぶ

しかし、アレックスは止まらない。

やがてイザベルがゆっくりと立ち上がる。

その顔から表情が消えている。

目が赤く光る。


「グゥゥ……。」


イザベルが遥へ向かって走り出した。


「くそっ!」


「あれはもうイザベルではない」


遥は後退する。

その時、床に何かが落ちているのが見えた。

レーザー銃。


「これだ!」


遥は銃を拾い上げる。


「来るな!」


レーザーが発射される。

光線がイザベルを貫く。

一体。

二体。

三体。

次々と襲いかかってくるゾンビたちを、遥は必死に撃ち抜いていく。

やがて静寂が戻った。

遥は肩で息をする。


「終わった……。」


その時。

背後から声がした。


「遥……。」


振り返る。

そこには玲奈が立っていた。

血まみれの船内とは不釣り合いなほど、穏やかな笑顔を浮かべている。


「助けてくれて……ありがとう。」


「玲奈……?」


玲奈がゆっくり近づいてくる。


「お礼をしないとね。」


「え?」


玲奈の顔が近づいてくる。


「ちょ、ちょっと待て!」


「遥……。」


さらに距離が縮まる。


「近い、近い!」


玲奈の唇が遥へ迫った――。

その瞬間。


「終了!」


パッ――。

世界が一瞬で消えた。


「……え?」


遥は目を開いた。

そこはアーク・ノヴァの研究区画だった。

目の前には悠斗。

その隣にはジョンとリサ。

そして――。

腕を組んで仁王立ちしている玲奈。


「…………。」


遥は周囲を見回した。


「エレナは?」


悠斗が答える。


「生きてるよ。」


「イザベルは?」


「食堂で普通に飯食ってる。」


「アレックスは?」


「機関室。」


遥は頭を抱えた。


「じゃあ、さっきのは……。」


悠斗が得意げに笑う。


「俺が開発したバーチャルARシステム。」


「ARグラスもヘッドセットも必要ない。」


「義体の感覚情報を直接リンクして、現実と区別できないレベルの仮想空間を作るんだ。」


ジョンが説明を続ける。


「ノアのシステムへ組み込む前に、人間が仮想空間を現実と錯覚する条件を調べる必要がある。」


悠斗がうなずく。


「今回の実験は、ノアのシステムアップデートだ。」


遥は呆れた顔をする。


「だからってゾンビはないだろ!」


「リアリティは重要だからな。」


「玲奈とのキスまで?」


悠斗がニヤリとする。


「そこは俺の。。。遥が何処でAR空間だときずくのか」


「悠斗。」


低い声が響いた。

玲奈だった。

悠斗の笑顔が消える。


「はい。」


玲奈は一歩近づく。


「私に何をさせたの?」


「いや……その……。」


「人を勝手に使って、ゾンビに襲わせて。」


「……。」


「最後には私に遥を襲わせて。」


「必要な実験で……。」


「必要?」


「はい。」


玲奈は無言で拳を握る。


「悠斗。」


「はい。」


「あとで武道場に来て。」


「……はい。」


遥はその様子を見ながら、思わず吹き出した。


「玲奈。」


「何?」


「さっきのキス……。」


「忘れなさい。」


玲奈の顔が真っ赤になる。


「絶対に忘れて!」


研究区画に笑い声が響いた。



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