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24話 アイドル

長い恒星間航海では、身体の健康だけではなく、心の健康も極めて重要だった

アーク・ノヴァには船医が一人。

エレナ・ヴォルコワ

医師として乗組員の健康を管理するだけでなく、全員のメンタルケアも担当していた。

定期的なカウンセリング。

ストレスチェック。

睡眠管理。


仲間同士の人間関係の相談まで、エレナの仕事は多岐にわたる。


「最近、眠れてる?」


「無理してない?」


その優しい一言に救われた乗組員は少なくなかった。

隼人は戦闘要塞との戦いで過去の事故の記憶がよみがえり、一時は眠れない日が続いた

ひかりは十三歳という年齢ゆえ、ホームシックになって泣き出した夜もあった。

リサは研究が思うように進まないと、自分を責めてしまうことがある。

そんな時、エレナは決して答えを押しつけない。

ただ相手の話を最後まで聞き、少しだけ背中を押してくれる。

だから皆、自然とエレナのもとへ足を運んでいた。

遼も何度か助けられた一人だった。


「先生って、不思議ですね。」


「話しているだけで気持ちが楽になります。」


エレナは笑う。


「医者は病気だけを診る仕事じゃないの。」


「人を診る仕事よ。」


その笑顔は、まるで優しい姉のようだった。

そんなエレナには、誰にも話していなかった夢があった。


「本当はね。」


ある日、食堂でコーヒーを飲みながら、遼に打ち明ける。


「私、小さい頃はアイドルになりたかったの。」


「え?」


遼は思わず吹き出した。


「意外です。」


「でしょう?」


エレナも照れくさそうに笑う。


「歌うのも踊るのも大好きだったのよ。」


「でも勉強が好きで、そのまま医学部へ進んじゃった。」


「気がついたら、お医者さんになってた。」


「後悔してるんですか?」


エレナは首を横に振る。


「いいえ。」


「人を救える仕事だから。」


「でも、アイドルへの憧れだけは消えなかったかな。」


そう言って笑う姿は、どこか少女のようだった。

義体へ転送されてからは、その夢が少しだけ現実になった。

二十五歳の若々しい身体。

以前より声もよく通るようになり、肺活量も向上している。


「せっかく若返ったんだから。」


「少しくらい夢を叶えてもいいでしょう?」


それ以来、エレナは時々、夕食後の食堂で歌うようになった。


「今日は一曲だけね。」


マイクを手にすると、船内の照明が少し落とされる。

乗組員たちは食後のコーヒーを片手に席へ着く。

エレナが歌い始めると、食堂は一瞬でライブ会場のような空気になった。

透き通るような歌声が船内に響く。


「先生、すごい!」


ひかりは目を輝かせる。


「アンコール!」


隼人が真っ先に拍手する。


「医者を辞めても歌手になれますよ!」


「それは困るわ。」


エレナは笑いながら答えた。


「あなたたちが病気になったら、誰が診るの?」


食堂は笑い声に包まれる。

ジョンは静かに拍手を送り、リサは携帯端末で演奏の記録を残していた。

アレックスも腕を組みながら満足そうにうなずく。


「こういう時間も必要だ。」


宇宙という極限の閉鎖空間では、笑顔もまた、生きるために欠かせない栄養だった。

エレナは最後に深く一礼する

大きな拍手が食堂に響いた。

医師として命を支え、歌で仲間たちの心を癒やす。

それが、アーク・ノヴァの船医、エレナ・ヴォルコワのもう一つの役割になっていた。「みんな、ちょっと集まって!」


ある日の夕食後。

食堂でエレナが女性クルーを呼び集めた。


「実は前から考えていたことがあるの。」


その場には玲奈、リサ、イザベル、そしてひかりがいた。


「この長い航海には、仕事だけじゃなくて楽しみも必要よ。」


「だから――」


エレナは満面の笑みで宣言した。


「アイドルグループを作りましょう!」


一瞬、食堂が静まり返る。

最初に反応したのはイザベルだった。


「面白そう!」


「私は賛成!」


目を輝かせながら拍手をする。

その隣では、ひかりが勢いよく立ち上がった。


「やるやる!」


「センターやりたーい!」


早くもノリノリである。

しかし。

玲奈は腕を組んだまま苦笑した。


「えぇ……。」


「私はそういう柄じゃないと思うんだけど。」


研究や航法計算なら得意だが、人前で歌ったり踊ったりするのは苦手だった。

リサはもっと困っていた。


「む、無理です。」


「人前に立つだけで緊張しちゃいます。」


「歌なんて絶対無理です。」


顔を真っ赤にしながら首を横に振る。

エレナは優しく笑った。


「誰もプロを目指すわけじゃないわ。」


「楽しめれば、それで十分。」


「宇宙で一番遠くにいるアイドルグループ。」


「ちょっと素敵じゃない?」


その一言で、玲奈も少しだけ表情が和らいだ。


「……そこまで言うなら。」


リサも小さくうなずく。


「皆さんと一緒なら……頑張ってみます。」


こうして、アーク・ノヴァの女性五人によるアイドルグループが結成された。

グループ名は、ひかりが勢いで考えた。


『アーク・ノヴァ☆スターズ』。


「絶対これ!」


「かわいいでしょ!」


誰も反対しなかった。

最初の練習は散々だった。


「ひかり!」


「振り付けが違う!」


「えへへ!」


「また間違えちゃった!」


玲奈はタイミングが一拍ずれる。

リサは恥ずかしさのあまり、観客役の遥たちと目が合うだけで固まってしまう。

イザベルだけは最初から堂々としていて、


「もっと笑顔!」


「楽しく!」


と、周りを引っ張っていた。

エレナは笑いながら一人ひとりに声を掛ける。


「上手じゃなくていいの。」


「笑って。」


「楽しむことが一番大事。」


それから数か月。

夕食後になると、女性たちは自然と食堂へ集まるようになった。

歌って

踊って。

笑って。

時には失敗して全員で大笑いする。

いつしか、最初は消極的だった玲奈も、自分から振り付けのアイデアを出すようになった。

リサも練習を重ねるうちに人前で歌うことに慣れ、少しずつ笑顔を見せるようになった。

イザベルとひかりは相変わらず元気いっぱいで、グループのムードメーカーだった。

その様子を見ていた遙は隼人に小声で言う。


「女性陣、ずいぶん仲良くなったな。」


隼人もうなずく。


「最初はどうなることかと思ったけど。」


「今じゃ本当の姉妹みたいですね。」


ステージも、スポットライトも、観客席もない。

あるのは宇宙船の小さな食堂だけ。

それでも、その歌声と笑顔は、果てしない恒星間空間を旅する仲間たちの心を、何よりも明るく照らしていた。

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