23話 玲奈は考える
皆が寝静まった頃、遥は一人、船内の南国デッキと呼ばれる区画にいた。
そこには小さなプールがあり、ヤシの木を模した植物が静かに揺れている。
遥は照明をすべて落とした。
窓の外に広がる恒星間空間の星々がガラス越しに映り込み、水面はまるで宇宙そのものを閉じ込めたように輝いていた。
「……最高だな。」
人工の波が静かに揺れ、誰もいない静寂だけが流れる。
この景色は、地球では決して見ることのできないものだった。
その時。
デッキの自動ドアが開く音がした。
「……あれ?」
玲奈だった。
遥は反射的にデッキチェアの陰へ身を引く。
玲奈は周囲を見回すと、小さく微笑む。
「誰もいない……?。」
そうつぶやくと、上着を脱いで水着姿になり、ゆっくりとプールサイドへ歩いていく。
「ふぅ……。」
そして、勢いよく水面へ飛び込んだ。
静かな水音がデッキに響く。
遥は思わず目をそらそうとした。
(まずい……。)
(見つかったら言い訳できない。)
そう思いながらも、タイミングを失って物陰から出られない。
玲奈は夜空を見上げながら、気持ちよさそうに水に浮かんでいる。
「ここから見る宇宙は最高ね。」
その独り言を聞き、遥は苦笑した。
(確かに、その通りだ。)
今出ていけば、お互いに気まずくなるだけだ
玲奈は考える
「あれは何だったんだろう。」
玲奈は自分の手のひらを見つめた。
この身体は、生身ではない。
自分自身のDNAをもとに培養されたシリコン系人工組織と人工臓器で構成された義体。
肌の感触も体温も人間そのものだが、その性能は生身をはるかに超えている。
極低温、高温、放射線、電磁パルス、衝撃――。
長期間の恒星間航行に耐えられるよう設計された、人類最高峰の人工身体だった。
しかし、この技術には今なお解決できない問題がある。
魂。
人格や記憶、思考は高精度でデータ化できる。
それでも最後まで解析できない領域が残る。
わずか〇・〇〇三パーセント。
数字だけ見ればごく僅か。
しかし、その部分を除いて転送すると、新しい身体は決して目を覚まさない。
心臓は動かず、脳も活動せず、人として生き始めることはない。
だから義体転送では、その未解析領域だけはデータ化せず、旧身体と新しい身体を特殊なケーブルで直結し、そのまま移し替える。
その瞬間、新しい身体は初めて目を開く。
科学者はそれを「未解析領域」と呼ぶ。
だが乗組員の多くは、もっと単純な名前で呼んでいた。
魂。
玲奈は静かにつぶやく。
「魂って、本当にあるのかな……。」
その問いとともに、日本で古くから語り継がれてきた言い伝えを思い出した。
名工が鍛えた刀には魂が宿る。
長年大切にされた人形には心が宿る。
何十万キロも共に走った車が、最後に持ち主を守ったという話もある。
どれも科学では証明されていない。
それでも日本では昔から、「人の強い想いは物に宿る」と信じられてきた。
その時、玲奈の脳裏に浮かんだのは、一機の探査機だった。
ボイジャー1号。
二百年以上もの歳月をかけて宇宙を旅し、人類の夢と希望を乗せた探査機。
アーク・ノヴァの前に静止し、まるで助けを求めるように彼らを待っていた。
乗組員たちはプルトニウム電池を交換し、再び宇宙へ送り出した。
あれは偶然だったのだろうか。
それとも本当に、自らの意思で彼らを呼んだのだろうか。
「もし……。」
玲奈は星空を見つめながら、小さく微笑んだ。
「何億人もの人が夢を託し、何世代もの科学者が希望を乗せた探査機なら。」
「そこに魂のようなものが宿っていても、不思議じゃないのかもしれない。」
そして、あの小さな光。
船内を自由に飛び回り、誰も傷つけず、最後はひかりから差し出されたチャーハンを一口だけ受け取り、満足したように消えていった存在。
もし、あれも魂のような存在だったとしたら。
宇宙には、人類がまだ知らない生命の形があるのかもしれない。
科学はまだ、その入り口に立ったばかりなのだ。
玲奈はもう一度、自分の手を見つめた。
生身ではない身体。
それでも、こうして笑い、悩み、仲間を想い、星空に感動している。
「体が人を作るんじゃない。」
「きっと……魂が人を人にするんだ。」
もちろん、それを証明する方法はない。
けれど、あの未知の光と出会った今なら、その可能性を少しだけ信じてもいい気がした。
アーク・ノヴァは静かに加速を続ける。
次に目指すはプロキシマ・ケンタウリ。
人類がまだ誰も見たことのない宇宙へ向かって。
プールには、宇宙の星々が静かに揺れていた
「しかし遥はなぜあそこに隠れているのかしら」
「私は気がつかない振りをした方が良いのかしら・・・」




