26話 重力異常
アーク・ノヴァでは、数日に一度、地球本部との定期通信が行われる。
恒星間空間まで到達した現在でも、量子通信システムのおかげで、地球との情報交換はほぼリアルタイムで可能だった。
ブリッジの大型スクリーンに、一人の女性が映し出される。
「こちら地球統合宇宙管制センター、通信士の美奈都香織です。」
画面の向こうで、柔らかな笑顔を見せる。
長い黒髪に澄んだ瞳。
テレビに出演していても違和感がないほどの整った容姿で、まるで人気アイドルのような雰囲気をまとっていた。
「アーク・ノヴァのみなさん、お元気ですか?」
「こちらは異常ありません。」
その瞬間。
「はいっ!」
誰よりも早くマイクの前へ飛び出したのは隼人だった。
「こちらも絶好調です!」
「船体異常なし!」
「乗員全員元気です!」
いつもより声が一段高い。
笑顔も妙に爽やかだ。
「ありがとうございます。」
香織もにこりと微笑む。
「皆さんのおかげで、地球でも毎日のようにニュースになっています。」
「応援しています。」
「ありがとうございます!」
隼人は思わず敬礼する。
通信が終わるまで、終始デレデレした表情だった。
その様子を少し離れたところで見ていたひかりは、小さく口をへの字に曲げる。
「……ちっ。」
小さな舌打ち。
隣にいた玲奈が苦笑する。
「ひかり?」
「別に。」
「何でもない。」
そう言いながらも、ひかりは腕を組み、どこか不機嫌そうに隼人を見つめていた。
遼はその様子を見て思わず笑う。
(……分かりやすいな。)
隼人は満を持して聞いてみる
「あの・・・」
「香織さんって 彼氏とかいるんですか」
「どうしたの急に隼人君」
【ガーガーガー】
通信がとぎれた
「あれ 通信とぎれちゃたよ」
「しかし」
「なんというか、香織さん今日も可愛かったなあ。」
その一言に、ひかりの眉がぴくりと動く。
「へぇー。」
「そんなに可愛いんだ。」
「うん!」
「笑顔が最高なんだよ。」
「ふーん。」
ひかりはそれだけ言うと、ぷいっとそっぽを向いてブリッジを出て行った。
「……あれ?」
隼人は首をかしげる。
遼と玲奈は顔を見合わせ、小さく笑った。
どうやら当の本人だけは、何も気づいていないらしい。
その時だった。
「……え?」
玲奈の表情が変わる。
「どうした?」
「重力計が……。」
警報音が鳴り響いた。
ピーーッ! ピーーッ!
ノアの落ち着いた声が船内へ響く。
『警告。前方空間に異常重力場を検知。』
『原因不明。』
『重力勾配、急激に増大。』
「そんなはずは!」
玲奈が叫ぶ。
「事前観測では何もなかった!」
突然、船体全体が激しく揺れた。
「うわっ!」
ひかりが床へ転がる。
隼人はとっさに手すりをつかむ。
「何だこれ!」
エンジンは最大出力で前進している。
それにもかかわらず、アーク・ノヴァは少しずつ横方向へ流され始めていた。
「アレックス!」
「船が引っ張られてる!」
遥が叫ぶ。
アレックスは即座に命令する。
「全推進器、最大!」
「姿勢制御開始!」
「進路を維持しろ!」
「了解!」
しかし。
ノアが冷静に報告する。
『推力増加。』
『効果なし。』
『未知の重力現象に捕捉されています。』
船内の空気が張り詰める。
ジョンが震える声で言う。
「重力嵐……。」
「こんなもの、理論上しか存在しないはずだ。」
周囲の空間そのものが激しく歪み始める。
遠くの星々が伸び、曲がり、まるで鏡の中の景色のように変形していく。
「空間が歪んでる……。」
リサは思わず息をのんだ。
その瞬間。
前方の虚空が、ゆっくりと裂けるように黒く染まった。
誰も何も言えない。
漆黒。
光すら吸い込まれるような闇。
その中心には、完全な黒い円が浮かんでいた。
ノアの声が、わずかに間を置いて告げる。
『解析完了。』
『ブラックホールを確認。』
『観測記録に存在しない天体です。』
「なっ……!」
玲奈が息をのむ。
「どうして……。」
「こんな場所にブラックホールがあるの!」
ジョンもモニターを見つめたまま固まっていた。
「ありえない……。」
「質量から考えても、こんなブラックホールが突然現れるなんて……。」
アレックスは操縦桿を強く握る。
「全員、衝撃に備えろ!」
「まだ諦めるな!」
アーク・ノヴァは全エンジンを噴射しながら必死に抵抗する。
しかし、その巨大な重力は、人類が造った探査船など意に介さない。
少しずつ。
少しずつ。
アーク・ノヴァは、漆黒の闇へ引き寄せられていく。
誰も見たことのない宇宙の深淵が、静かに口を開けて待っていた。




