19話 農業プラント
アーク・ノヴァの船内には、一つだけ地球の匂いを感じられる場所があった。
農業プラント。
そこは何層にも分かれた巨大な植物栽培施設である。
LED照明が太陽の光を再現し、水耕栽培設備が規則正しく並ぶ。
レタス、トマト、ジャガイモ、小麦、イチゴ。
緑豊かな植物が、宇宙船の中とは思えないほど元気に育っていた。
その責任者が、リサ・チェンだった。
白衣姿のリサは、毎朝欠かさず植物の状態を確認する。
「水分量、正常。」
「栄養液、問題なし。」
「二酸化炭素濃度も適正。」
タブレットへ記録を入力しながら、一株一株丁寧に葉を観察していく。
遼は農業プラントへやって来ると、深く息を吸った。
「やっぱりここは落ち着くな。」
土こそ使われていないが、植物の香りが漂うこの場所は、どこか地球を思い出させる。
リサは笑顔で振り返る。
「ここは船の中で一番大切な場所かもしれないわ。」
「酸素も作るし、水も循環させる。」
「そして何より、みんなの食事を支えているもの。」
遼は栽培棚の一角を見つめた。
そこには一面に大豆が育っていた。
「大豆が多いんだな。」
「ええ。」
リサは誇らしげにうなずく。
「アーク・ノヴァでは、大豆は特別な作物なの。」
「植物性タンパク質が豊富なだけじゃない。」
「この大豆から、高性能バイオリアクターで人造肉を作っているのよ。」
「人造肉?」
「そう。」
リサはモニターを操作する。
画面には培養装置の映像が映し出された。
「大豆から抽出したタンパク質を加工し、食感や栄養バランスを調整して、本物の肉に近い食品を作るの。」
「昨日のハンバーグも、この人造肉だったのよ。」
遼は少し驚いた。
「本物の牛肉だと思ってた。」
リサは嬉しそうに笑う。
「それが最高の褒め言葉ね。」
「本物と区別がつかないくらいおいしく作るのが、私たち研究班の仕事だから。」
そこへひかりが顔を出した。
「リサー!」
「今日のおやつってイチゴある?」
「あります。」
「でも、その前に収穫を手伝って。」
「えぇー。」
口では文句を言いながらも、ひかりは笑顔で作業用エプロンを身につける。
隼人も後からやって来た。
「今日は俺も手伝う。」
「昨日の素晴らしい護身術を見せてもらったお礼だ。」
「それは助かるわ。」
リサは笑顔で答えた。
船内では機関士がエンジンを守り、操縦士が進路を切り開く。
医師が命を守り、科学者が未知を研究する。
そして、この農業プラントでは植物が育ち、人を支える。
宇宙の果てを目指す旅は、最先端の科学だけでは続けられない。
一粒の種を育てることもまた、人類が星々へ進出するために欠かせない、大切な使命だった。




