18話 格闘技
アーク・ノヴァは、ついに**太陽圏**を完全に脱出した。
太陽風の影響は徐々に弱まり、船は本格的な恒星間空間へと入っていく。
「オールトの雲通過を確認。」
ノアの落ち着いた声がブリッジに響く。
「周辺環境は恒星間空間へ移行しました。」
「推進システム、最大加速シーケンスへ移行します。」
船体がわずかに震えた。
メインエンジンが静かに出力を上げていく。
アーク・ノヴァは再び加速を始めた。
次なる目標。
プロキシマ・ケンタウリ。
人類が初めて目指す、太陽以外の恒星だった。
一方その頃。
「よし!」
「今日は護身術を教える!」
武道場に響く元気な声。
昨日、三日三晩の有視界航法で全員を救った"英雄"――アレックスだった。
医務室で丸一日眠ったおかげで、もうすっかり元気を取り戻している。
「遥、隼人、リサ!」
「せっかく武道場があるんだ。」
「非常時のために護身術を覚えておこう。」
遼は苦笑した。
(……正直、あまり気が乗らない。)
隼人も同じ気持ちらしく、小さくため息をつく。
「俺、格闘より飛ぶほうが得意なんだけど。」
リサはもっと露骨だった。
「えぇ……。」
「私、研究者なんだけど……。」
「運動は苦手よ?」
しかし昨日、命懸けで船を救った船長の誘いを断れる者はいない。
三人は観念して武道場へ並んだ。
アレックスは笑顔で構える。
「まずは私に向かってきてみろ。」
「はい!」
最初は隼人。
勢いよく飛び込む。
しかし――。
くるり。
一瞬で体勢を崩され、そのまま畳へ転がった。
「うわっ!」
「一本。」
アレックスは笑顔のまま言う。
続いて遼。
「お願いします。」
一歩踏み込んだ瞬間。
重心を崩され、肩越しにきれいに投げられる。
ドサッ!
「いてて……。」
「遼も一本。」
隼人が笑う。
「遥も一瞬だったな。」
「お互い様だ。」
二人は苦笑するしかなかった。
最後に残ったのはリサだった。
ぶかぶかの道義を着て、おろおろしている。
「本当に無理よ。」
「私、こういうの初めてなんだから。」
アレックスは優しくうなずく。
「大丈夫。」
「さっき教えた通りにやればいい。」
「私は暴漢役になる。」
「襲われたと思って反撃してみろ。」
リサは困った顔をする。
「でも……。」
「遠慮はいらない。」
アレックスは両手を広げる。
「さあ、来るぞ!」
そう言って、ゆっくりとリサへ近づいた。
「きゃっ!」
リサは反射的にアレックスの腕をつかむ。
教わった通りに一歩踏み込み、腰を落とした。
その瞬間――
「えっ?」
アレックスの身体がふわりと宙に浮いた。
「しまっ――」
ドォン!!
見事な一本背負い。
アレックスは畳へ豪快に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
武道場が静まり返った。
「……。」
「……。」
遼と隼人は口を開けたまま固まる。
リサは青ざめた。
「えっ?」
「えっ!?」
「ア、アレックス船長!?」
慌てて駆け寄る。
アレックスは大の字になったまま目を閉じていた。
数秒後。
「船長!」
「大丈夫ですか!」
隼人が肩を揺すると――
「……。」
返事がない。
「きゃあああ!」
「死んじゃった」
リサは泣きそうな声を上げる。
「私、船長を・・・アレックス・・・」
その様子を見ていた遼と隼人は顔を見合わせる。
「……リサ。」
「銃だけじゃなくて、格闘も才能あるんじゃないか?」
「そんな才能いらないわよ!」
リサは涙目で叫んだ。
その瞬間、アレックスが薄く目を開け、小さく笑う。
「……合格だ。」
「いざという時は、その一本で自分の身を守れ。」
武道場は安堵と笑い声に包まれた。
誰もが気づいていた。
普段はおとなしく控えめなリサ・チェンには、本人さえ知らない意外な才能が眠っているのかもしれない、と。




