15話 オールトの雲
アーク・ノヴァは、すべての修繕と最終点検を終え、再び静かな星の海へと旅立った。
左舷後方の損傷は完全に修復され、AIノアの調整も問題なく終了。
エンジン、航法システム、生命維持装置、量子通信。
すべてのシステムは正常。
船は何事もなかったかのように、太陽系外縁部を順調に航行していた。
ブリッジの正面スクリーンには、無数の恒星が宝石のように輝いている。
太陽は、もはや眩しい恒星ではない。
遠く後方で静かに輝く、一つの黄色い星になっていた。
「航路、異常なし。」
玲奈が報告する。
アーク・ノヴァは順調な航行を続けていた。
数々の困難を乗り越え、いま人類史上初めてオールトの雲へ足を踏み入れている。
展望ブリッジ。
天井から床まで広がる巨大な透明スクリーンの向こうには、幻想的な光景が広がっていた。
数え切れないほどの氷天体や岩石が、淡い光をまといながら宇宙に浮かんでいる。
恒星の光を反射した無数の氷は、青や緑、白銀にきらめき、まるで地球で見たオーロラが立体となって宇宙いっぱいに広がっているようだった。
「……これが。」
遼は思わず息をのむ。
「これが、オールトの雲というやつか。」
玲奈も静かにうなずいた。
「ええ。」
「AIでの予想シュミレーション映像では何もない真っ暗な闇が続いている、とされている。」
「でも、本物はまったく違う。」
「こんなに美しいなんて……。」
二人はしばらく言葉を失った。
静寂だけが流れる。
目の前に広がる光景は、まさに圧巻だった。
宇宙は暗く冷たいだけの世界ではない。
命がなくても、これほどまでに美しい景色が存在する。
遼はゆっくりと玲奈の方を向いた。
「玲奈。」
「ん?」
「ありがとう。」
玲奈は少し驚いた表情を見せる。
「突然どうしたの?」
遼は再び窓の外へ視線を向けた。
「俺は子どもの頃、こんな冒険に出ることを夢見ていた。」
「でも、その夢は叶わないと思っていた。」
「病気になって。」
「余命を宣告されて。」
「人生は終わるものだと覚悟していた。」
遼は静かに微笑む。
「それなのに今、こうして人類で初めてこの景色を見ている。」
「こんな世界を見られるのは……。」
「玲奈、君がこの計画を諦めなかったからだ。」
「本当に感謝してる。」
玲奈は少し照れたように笑った。
「私一人じゃないわ。」
「アレックスがいて、悠斗さんがいて、隼人がいて。」
「みんながいたから、ここまで来られた。」
「もちろん遼も。」
「誰か一人でも欠けていたら、この景色は見られなかった。」
遼は静かにうなずく。
「そうだな。」
その時だった。
ブリッジのスピーカーからノアの声が流れた。
「前方に高密度の氷天体群を確認。」
「オールトの雲中心部へまもなく到達します。」
遼と玲奈は顔を見合わせる。
そして再び窓の外を見つめた。




