第十四話「端に座らされた」
ブロムが二度目に来たのは、最初の来店から四日後だった。
八時を少し過ぎた頃、引き戸が開いた。大きな手が取っ手を掴んで、体を斜めにして、頭を下げて入ってくる。今日は最初の日より少しだけ、動きがスムーズだった。
店の中を確認した。バートがカウンターにいた。常連が二人、テーブル席にいた。ブロムはそれを確認してから、カウンターに向かった。今日も端の席に座った。一番端。四日前と同じ席だった。幸子は「どこでもええよ」と言ったのに、また端に座った。幸子はそれを見て、何も言わなかった。
「いらっしゃい」と幸子は言った。「おはようございます」とブロムは言った。前回より少し、声が大きかった。「覚えとるよ。また来てくれたんだわ」「また来ていいと言ってもらったので、来ました」
コーヒーを出した。ブロムが両手でカップを持った。カップが消えた。「モーニング?」「はい、お願いします」
モーニングを並べた。バタートーストから手をつけた。「おいしい」と言った。前回も言っていた言葉だったが、今日は少し普通の声で言った。「会議、あったの?」と幸子は聞いた。「今日はないです。でも、昨日あって」「どうだった?」
ブロムはしばらく答えなかった。ゆで卵を剥いた。丁寧に剥いた。白い実が出てきた。それを見てから、話し始めた。「昨日の会議は、八人参加で。会議室に入ったとき、私の席は端でした。一番端。入り口に近い席」
「端に座らされたの?」「座らされた、というか。私が入ったとき、空いていた席が端だけでした。他の人たちが、なんとなく、真ん中の席を先に埋めていて」「なんとなく、ね」
「誰かが意図してそうしたわけじゃないと思います。でも、結果として、私が入ったとき端しか空いていなかった。毎回、そうなる」「毎回」と幸子は言った。「毎回です。一度だけじゃない。毎回、そうなる。私が入ると、なんとなく、端の方が私の席になる」
「呼んどいて端に座らせるのは、おかしいわよね」と幸子は言った。ブロムが「おかしいですか」と言った。疑問形だった。許可を求めているような疑問形だった。
「おかしいわ。あんたを呼んで、来たら端に置く。それはおかしい」「おかしい、と思っていいんですね」「思っていいわよ。思っていいどころか、そうだわ」
ブロムが少し息をついた。深い息だった。「おかしいと思っていいのかどうか、わからなくて。私が大きすぎるから、端の方が合理的だという考え方もできるし、と思って」
「合理的かどうかと、おかしいかどうかは、別の話だわ。端の方が合理的かもしれない、という理由があったとしても、その理由を説明せずに、毎回端に置かれるのは、おかしいわよ。理由があるなら、言うべきだわ。言わないまま毎回端に置かれたら、あんたはその理由を知れないから。知れないから、なんとなく自分が端の人間なんだと思ってしまう」
ブロムが黙った。ゆで卵を一口食べた。ゆっくり噛んだ。「まあ、真ん中に座ってほしいのに座らせられない人は、自分が真ん中に何を置いていいかわからんのかもしれんけどね」「前回も、そう言っていましたね。そのことを、ずっと考えていました」「どう考えた?」「私を怖がっているのかもしれない、と。私の体格を。どう扱えばいいかわからないから、端に置く。端に置けば、とりあえず収まるから」
「そうかもしれんね」「でも、それは私のせいじゃないですよね」「あんたのせいじゃないわ」
「あんたのせいじゃない」とブロムは繰り返した。声に出して繰り返した。確かめるように。
「謝ったことがあります」とブロムは言った。「何を謝ったの?」「存在感がありすぎる、と言われて。すみません、と言いました」
「そうだわなあ。謝らんでよかったのに」「でも、場の空気が変わったのは、本当のことだったので」「空気が変わったのはそうかもしれん。でも、それはあんたが変えたんじゃなくて、あんたが入ってきたことに周りが反応しただけだわ。反応したのは周りで、あんたじゃない」
「あんたは、どこに座りたいの?」ブロムが少し驚いた顔をした。「真ん中に、座りたいです」と言った。今回も、すぐ言えた。
「それは変わらんのだわね。前回も同じことを言っとったから」「変わりません。端でいい、とは思っていない」「そう。それがわかっとるなら、いいわ。端でいいと思い始めたら、声に出してちょ。ここで言えばいいから」
ブロムが「ここで言えばいい」と繰り返した。少し、表情が緩んだ。
九時半を過ぎた頃、ブロムが立った。財布を出した。引き戸に向かった。出る前に振り返った。「また来ます」「待っとるよ。次来たとき、どこに座るか、見とくわ」
「どこに座ればいいですか」と言った。「どこでもええよ。ここでは、端も真ん中も、あんたが決めていいから」
ブロムが一度うなずいた。引き戸を閉めた。
声に出さずに思った。
——また端に座ってたわ。次はどこに座るかな。
——幸雄さん、あんたはどこに座っとった?カウンターの端の、あの席。一番落ち着く、って言ってたね。端が好きな人もいる。でも、端しか選べないのと、端を選ぶのは、違うわね。あんたは選んで端にいたから。
春の朝が、静かに続いていた。




