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第8話:今日は奢らせてください

 街道を馬に乗ってしばらく進むと、甲冑に身を包んだ集団が見えてきた。


「着きました」


 背後でレオンが言った。約三十人ほどの集団で、全員が遠征仕様の軽装甲冑を纏い、街道の両脇に散開して防衛線を張っていた。商隊の荷馬車が三台あり、それを囲むように陣が組まれている。見るからに統率が取れていた。


「団長!」


 中心にいた一人の男が気付き、声を上げた。騎士らが一斉に振り返る。こわばった顔が一斉に緩んだ。


「ご無事でしたか。良かった」


 騎士の一人がレオンの元に駆け寄ってくる。短髪で傷だらけの顔、筋骨隆々の体躯はレオンとは対照的な武骨さだった。


「ご心配おかけしました。ゲオルクさん」


「いえ。団長のことだから、必ずや成果を上げてくれると、こいつらと話していたところです」


 無骨な男、ゲオルクがよく響く声で言った。この男が、第七騎士団副団長。レオンの留守を守っていた男か。


「この方が」


 ゲオルクは一礼した後、アリアを見上げる。アリアの足元から頭の先までじっくりと、見定めるような視線だった。


「ああ。客員の魔術顧問、アリア・ヴァン・ブラック殿だ」


 レオンの言葉に、ゲオルクは視線をアリアに向けたまま再度頭を下げた。


「疑われてるな」


 馬の頭の上に止まったゾディが言った。


「し、白フクロウが喋った」


 周囲を取り囲む騎士団が一斉に驚いた。だがゲオルクはそのまま、アリアに視線を向けたままだった。その瞳には、信頼よりも警戒の色が強かった。アリアはそれに気づいたが何も言わなかった。こういう目で見られることには慣れている。得体の知れないものを見つめる目だ。


「どうしました? ゲオルクさん」

「いえ、別に」


 ゲオルクが目を逸らす。


「言いたいことがあるなら言ってください」


 レオンが追求する。ゲオルクは小さくため息を吐いたあと、こう言った。


「団長。失礼ですが……本当に、こんな少女が古代語を操れるので?」


「人は見た目じゃないですよ。ね、アリア殿」


 レオンが背後から、アリアの顔を覗き込む。その距離があまりにも近かったので、アリアは思わず体をのけ反らせる。


「団長! ま、魔獣がっ!」


 前方から大きな叫び声が聞こえた。見ると、狼型の中級魔獣が数十体、街道に現れた。体長は馬ほどの大きさで、どの個体も牙が長く、黒い体毛が逆立っている。


「くっ。数が多いな」


 ゲオルクが腰の剣を抜いた。「団長!」


「総員、戦闘配置っ! 荷馬車を守りつつ、一匹ずつ撃ち倒せ! 各々の命を最優先に行動!」


 ゲオルクの呼びかけに、レオンは目の色を変え檄を飛ばす。


「おおっ!」と、騎士団員は剣を構え応戦する。


「一匹ずつ相手にする必要はないわ」


「え」


 レオンの声を背に、アリアは馬の上に立ち、そのまま真上に浮遊する。ゾディがアリアの肩に乗る。上空から見ても、統制が取れたいい騎士団だった。皆が皆を庇い、魔獣に立ち向かっている。チームワーク、という言葉がアリアの脳裏に浮かぶ。彼らを傷つけるわけにはいかない。


 全ての魔獣を見通せる位置まで浮遊するとアリアは杖を構えた。


風刃撃ヴァン・トランシュ!」


 杖を魔獣に向かって薙ぐと、風の刃が扇状に広がった。白い光を帯びた風が魔獣の群れに到達し、数十体を一気に薙ぎ倒す。突然のことに驚いた魔獣たちが散り始めた。逃げようとしている。


束縛鎖シェーヌ・リエ!」


 アリアが唱えると、逃げる魔獣の足元に光の鎖が巻きつき、動きを封じた。全てで42体の魔獣が、同時に拘束された。普通の魔術師なら一体が限界の術式を、アリアは息を吐くように四十二体の魔獣に適用した。


「今よ」


 アリアが言うと、馬上のレオンが剣を抜いた。


「突撃!」


 ゲオルクも動いた。第七の騎士たちが一斉に突入し、拘束された魔獣を次々と仕留めていく。レオンの剣が一体の首を斬り、返す刀でもう一体の前脚を断つ。無駄のない太刀筋だった。ゲオルクは重い大剣を振り回し、魔獣を甲冑ごと叩き潰すような荒々しい戦い方をしている。二人の戦い方は対照的だったが、息は合っていた。

 全ての魔獣を討伐するのに、一分もかからなかった。最後の一匹の息の根をゲオルクが止めると同時に、アリアは地面に降り立つ。騎士たちは呆然とアリアを見つめていた。


「団長、今のは……」


「アリア殿の実力だ」


 レオンがなぜか誇らしげに言った。


「これが、古の魔術……」


 騎士の一人が、倒れた魔獣を見て言った。


「いえ、これは普通の魔術で」


「え?」


 アリアが言うと、騎士たちが一斉にアリアを見た。ゲオルクまでもが驚きで目を見開いている。


「こいつの魔術は一般の魔術師とは次元が違うんだよ。こう見えてこいつ、百年以上の研鑽を積んでる。しかも前世でこのゾディアック様と互角に渡り合ってもいる。古代の禁呪なんぞ使わんでも、こいつは正真正銘の化け物なんだよ」


 なぜかゾディが胸を張る。


「化け物は余計でしょ」


 アリアが注意しても、ゾディはどこ吹く風だった。


「大賢者様……」


 どこからから、声が聞こえた。


「大賢者様!」


 その声は徐々に大きくなり、ざわざわとうねりが広がるようにこだまする。


「ちょっと、私、大賢者なんかじゃ……」


 アリアの声が掻き消される。


「大賢者様、万歳!」


 荷馬車から出てきた商人たちも、アリアに向かって両手を合わせ始めた。


「偉大なる大賢者、アリア様、ばんざーい!」


 なぜか万歳三唱が始まる。


「ゾディ」


「あん?」


「帰りたい」


「どこに?」


 そう言われて頭の中に浮かんだ場所に、アリア自身が驚いた。


「山小屋か?」


 そう。アリアの帰る場所といえば雪山の頂にある、結界に守られた小さな山小屋だった。これまでは。


「——食堂」


「あ?」


 ゾディが聞き返したが、アリアはそれに応えない。ゾディは目を細めた。 


     ◇ ◇ ◇


 帰り道、アリアは行きと同じくレオンの馬に跨った。行きと違うのは、背後に数十人の騎士と商隊の荷馬車が連なっていること。その先頭で、ゲオルクがこちらを睨むように見つめていた。


「今日はお疲れ様でした。楽しかったです」


 レオンの声が、アリアの頭の上から聞こえてくる。


「え? 楽しかった? あれが?」


「はい。アリア殿と一緒に戦えて嬉しかったです。これまで、いつもアリア殿一人に戦わせていたようなものだったので」


 そう言われ、アリアは自分が誰かと一緒に戦うのが初めてだったと気づく。ゾディと戦った時も、アリアは一人だった。この百年も、魔獣と遭遇すれば一人で十分だった。一人で結界を張り、一人で魔法を撃ち、一人で後始末をした。周りに人が、味方がいる戦闘は、想像よりもずっと早く終わった。ずっと楽だった。


 そして、確かに、少しだけ、楽しかった。


 アリアはマフラーの奥で唇を噛んだ。楽しかった。確かに楽しかった。認めたくないが、認めざるを得ない。


「別に。普通よ」


「そうですか。では、明日も普通にお願いします」


 レオンがどんな顔をしているのか、レオンの前に座るアリアからは伺えない。だが、笑顔であることは容易に想像がついた。


 ふと、お腹が鳴った。アリアは恥ずかしくなり、「あー」と意味不明な声を出す。


「今日の夕食はなんだ?」


 飛行中のゾディが尋ねる。


「夕食は昼食と違ってランダムなので」


 レオンは首を傾げ「ゲオルクさん、今日の食堂のメニュー、わかりますか?」と振り返って尋ねた。ゲオルクは手綱を引いたまま少し上空を見上げた後、


「今日はハンバーグ、ガーリックライス、コーンスープだったかと」


 と叫んだ。


「だそうです」


 ゲオルクの馬がレオンとアリアの馬に並ぶ。


「今日は俺に奢らせてください。その、大賢者殿に」


 ゲオルクが気恥ずかしそうに言った。


「その実力を、見誤ってしまったお詫びに」


「ゲオルクさん。それは大丈夫ですよ。アリア殿は、食堂の料理、なんでも食べ放題ですから。ね」


 レオンの言葉に、ゲオルクは目を丸くする。


「食いしん坊だと思われてるぞ」


 ゾディが言った。アリアの顔が熱いのは、気恥ずかしさからだけではなかった。

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