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第13話:消えた背中の紋様

 部屋に戻り、浴室で湯浴みをしたあと、ベッドの壁際に座り込む。突然、ゾディが窓枠から飛んできて、ベッドの足元に止まった。


「おい。背中を見せろ」


「何よ、急に。レディに向かって」


「冗談はいい。早くローブを下ろせ。背中だけでいい」


 ゾディの声がいつもと違った。低いのはいつものことだが、今日のは真剣だった。嫌味も皮肉もない、純粋な真剣さだった。


 アリアは背を向けて、バスローブの背中部分を下ろした。背中から左腕にかけて、紫色の紋様が露出する。禁呪をその身におさめた証で、古代語の文字が刻まれている。洞窟を出て百年、アリアの体に刻まれたまじないだ。


 ゾディが背中に近づき、その大きな金色の瞳で紋様を凝視した。沈黙が長い。


「……ゾディ?」


「消えてる」


 ゾディが言った。


「え?」


「右の肩甲骨の下あたりにあった文字だ。王都に来る前と来てから、禁呪を二回使った。おねしょごめんなさいと、ママのおっぱい。——そのどちらかで消えたのか、両方で消えたのか、わからん。だが確実に紋様の一部が、背中から消失している」


 アリアは振り返ろうとしたが、自分の背中は見えない。鏡に映そうとしたが、部屋の鏡では肩甲骨の下までは見えなかった。


「人間の親指ほどの大きさだが……その部分が、白くなってる」


「本当なの?」


「俺の目を疑うのか」


 疑えなかった。ゾディとの付き合いはおよそ百年以上になる。一文字一文字の位置を、アリア本人よりも正確に見ているだろう。禁呪の詠唱は、あの洞窟を出てからというもの一度もない。それがここ数日で二度も放った。その代償だろうか。


「これ、消えたらどうなるの?」


「知らん」


 ゾディが即答した。


「古代語なんぞ俺は読めんからな。そもそも、古代語の紋様が体に刻まれたことも、消えたことも前例がないはずだ。お前が初めてだろうな」


 ゾディは元々、何百年もの間大陸を支配していた黒龍だ。単純な俗世の知識であれば、アリア以上だろう。


「推測は?」


「推測でいいなら」


 ゾディが金色の瞳をアリアに向けた。


「紋様は古代語ののろいの証だろう。呪いが消えれば、呪いの効果も消える。つまり、お前の成長を止めていた力が無くなる。お前にかけられた呪いは、おそらくは十年で一歳しか年を取らん呪いだ。百年で十歳。その百年分の歳月の呪いが消えたらどうなるか。一気に年を取るか、はたまたゆっくりと年を取るようになるか。あるいは何も起きないのか。正直、俺にはわからん」


「最悪の、場合は?」


 想像できたが、想像したくない。だが、聞かずにはいられない。


「最悪なら、百年分の老化が一瞬で来る」


「百年分の老化……一気に、おばあちゃんになっちゃうってこと?」


「ババアになるくらいならまだマシだろう。老化で一気に老衰死って可能性の方が高い。が、これは推測だ。根拠はない」


 アリアは理解が追いつかない。一気に老衰死? それじゃあ——。


「禁呪が使えなくなる可能性は?」


「ある。紋様が禁呪の力の源なら、消えれば力も消える。だがこれも推測だ」


 ゾディは即答した。


 推測。全部推測。確かなことは、何一つない。確かなのは、背中の文様の一部が消えたということだけ。


「使うなとは言わん。お前の判断だ。だが、事実として消えている。これだけは覚えておけ」


 ゾディはそれだけ言って窓枠に戻り、いつものように丸くなった。


 アリアはバスローブを戻し、壁に背中をつけた。紋様が消えた箇所が、壁の冷たさに敏感になっている、気がした。気のせいかもしれない。だが、百年間ずっとそこにあったものが消えたという事実が、背中を少しだけ心もとなくさせていた。


 大祭典まであと三日。


 封印は四重構造で、解くのに四日もかかる。勘の鋭い尾行者もいる。紋様の一部も消えてしまった。黒歴史の日記帳……聖典の原本は、まだあの台座の上だ。


 壁に背中をつけたまま、アリアは目を閉じた。眠れる気がしなかった。

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