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第1部2 二人の先駆者、あるいはユダ②

夜が明けた。ガリラヤの乾いた風が吹き抜ける草原の端に、その「戦場」は静かに、だが圧倒的な存在感をもって鎮座していた。

ベツアレム一族が旅の先々で設営する移動式工房。それは幾重にも重ねられた厚手の山羊皮で覆われた、巨大な黒い天幕テントだ。

天幕の中に一歩踏み入れば、そこは外部の静寂とは隔絶された、灼熱と暴力的な音の世界だった。

中心に据えられた炉からは、ふいごが送り込む風に煽られ、青白い炎が猛り狂っている。空気はすすと焼けた鉄の匂いで飽和し、吸い込むたびに肺の奥がチリチリと焼けるような錯覚を覚える。

「ナタン! ふいごの手を止めるな! 火を殺せば、銀は二度と笑わんぞ!」

カシウスの怒声が、鉄を叩く重低音を突き抜けて響いた。

上半身を剥き出しにしたカシウスの肉体は、飛び散る火の粉を跳ね返すかのように、赤銅色の汗で光り輝いている。彼が振り下ろす重い金槌ハンマーは、真っ赤に熱せられた地金を無慈悲に叩き、火花を花火のように散らした。

対照的に、ナタンの仕事場は炉の片隅にある。

そこには細いたがねや、精密なヤスリ、そしてミリアムがかつて使っていたような鑑定用の硝子玉が整然と並べられていた。ナタンの指先は煤で黒ずみながらも、カシウスとは違う、鉄をなだめるような繊細な動きで銀の細工を削り出していく。

「……はぁ、はぁ、……分かってるよ、兄様」

ナタンは、熱気に奪われそうになる意識を繋ぎ止めながら、必死にふいごを操った。

カシウスが叩く「剛」の音と、ナタンが刻む「柔」の音が、狭い工房の中で混じり合う。それは一族の歴史を繋ぐ、終わりのない対話のようだった。

やがて日が昇りきるころ、あれほど猛り狂っていた炉の火も、役割を終えて静かに眠りにつく。

工房の床には、叩き出されたばかりの屑鉄や、歪に曲がった試作品が、戦の跡のように散らばっていた。

カシウスは使い込まれた鉄床かなとこに腰を下ろすと、バケツに残った生ぬるい水を一気に煽った。喉を鳴らして飲み干し、隣で肩を落とすナタンに、射抜くような視線を向ける。

「……おいナタン、呆けている暇があるならその水を頭から被れ。煤と一緒に、その甘い考えを洗い流せ。己の迷いすら断てぬ脆弱ひよわな腕で、一体何が打てるというのだ。ことわりに殉じる覚悟がなければ、貴様はいつまでも『職人』の門を潜ることすら叶わんぞ」

カシウスの怒声が、熱気の籠もった工房に地鳴りのように響いた。

彼はナタンの喉元に太い指を突きつけると、追い込むような鋭い眼光を向ける。

「ひとつ忠告だ、ナタン。お前は重心がズレている。今の踏み込みよりあと二歩、さらに深く、死地へと踏み込め。そうでなければ、その槌は本質を穿つことはできん」

耳にタコができるほど聞かされた、カシウスの口癖。

それは単なる技術の指導ではなく、一族の長として、あるいは戦士として培われた「生き抜くための極意」のようにも聞こえた。

ナタンは手ぬぐいで煤汚れた顔を拭いながら、カシウスの筋骨逞しい背中を見て、小さく溜息をついた。

カシウスが再び炉の方へ向き直ると、その広大な背中には、幾多の火花が焼き付けた無数の小さな火傷跡が、星座の如き勲章となって刻まれているのが見えた。その圧倒的な厚みは、この男がこれまでどれほどの鉄と、そして現実と対峙してきたかを無言で物語っている。

「兄様は頑丈すぎるんだよ……。僕はもう、灰になって崩れ落ちそうだよ。今日の修行は、昨日よりずっと厳しかった」

ナタンは重い槌で痺れた腕をさすり、力なく笑った。

だが、その瞳の奥には、カシウスに指摘された「あと二歩」の距離を、いつか必ず自らの足で踏み越えてやろうという、静かな闘志の火が灯っていた。

「はっ、たったこれしきの熱で灰か。お前、そんな細い体では砂漠の夜風ひとつで異邦へ飛ばされちまうぞ。もっと肉を食え。職人の技とは、最後は魂を支える根性と体力が決めるのだ」

カシウスは桶の残水を頭から被り、濡れた髪を獣のように振り乱した。一瞬だけ見せた不敵な笑み。だが、滴る水滴を拭う瞳の奥には、一族を率いる長としての峻厳な光が宿っている。

「……食べてるよ。サロメが残した分まで食べてるのに、全部指先にいっちゃうんだ、きっと」

「指先に肉をつけてどうする。お前の指は、銀を編み、緻密なことわりを刻むためのものだろう」

カシウスは、岩のように無骨で巨大な自身の拳を見つめ、それからナタンの細くしなやかな指先に視線を落とした。

「……だが、それでいい。お前のその繊細な指は、俺のこの大雑把な拳では逆立ちしても真似できん聖域を形にする。ベツアレムの名は、力だけでは繋げん。……いずれ、この工房を任せるのはお前だ」

「え……?」

ナタンは驚いて顔を上げた。カシウスの横顔には、冗談を差し挟む隙など微塵もなかった。

「兄様こそ、ずっと先頭で槌を振るえばいいじゃないか。兄様がこの工房を大きくして、いつか兄様に子供ができれば、その子に継がせればいい。僕はそれを支えるだけでいいんだ」

カシウスは「ふん」と鼻で笑い、静かに、だが断固として首を振った。

「俺は定住という器に収まるようなタマじゃない。流れ者の生活が、この肌には馴染んでいるんだ。土地ごとの酒と、土地ごとの逢瀬があればそれで十分さ。……だがな、ナタン」

カシウスの視線が、一段と低く、鋭くなった。

「わかっているな。この工房の看板を背負うということは、ミリアムの人生、その重みすべてを等しく背負うということだ。今は仲のいい姉弟で構わん。だが、あいつを一番近くで支え抜くのが自分でありたいと願うなら、ガキのままではいられんぞ。将来を、一人の男として腹に決めておけ」

ナタンは図星を突かれたように頬を赤らめ、視線を泳がせた。しかし、カシウスの表情から不意に笑みが消え、その顔に深い陰影が落ちた。

「なあナタン。俺はな……俺が強くさえあれば、この家を、ミリアムやサロメを力ずくで守り抜ける……そう自惚れていた。だが、あのアントニオの件で思い知らされたのだ。この世には、俺一人の腕力ではどうにもならん、巨大な理不尽がある。もしあの時、俺がそのまま帰れなかったら……あいつらは、泥の中に放り出されていたはずだ」

カシウスの声は、工房の静寂に、重く沈んでいく。

「ナタン。お前がまだ幼いことは、誰よりも俺が知っている。だが、お前はベツアレムの誇りを継ぐ男だ。鉄を打ち、愛する者を守る……その気高い宿命さだめからは、一生逃れることはできん」

カシウスは、まるで聖域を守る騎士のような、一点の曇りもない真剣な眼差しをナタンに向けた。そして、岩のように固く、それでいて慈愛に満ちた拳を、静かに、かつ力強く突き出した。

「約束しろ。もし俺がこの家を去り、戻らぬ日が来たとしても。お前がベツアレムの盾となり、ミリアムを、サロメを守り抜くと。……お前の魂にかけて、誓えるか」

ナタンはその拳に込められた、死をも辞さぬ高潔な「覚悟」と、自分へ託された絶大な信頼を、真正面から受け止めた。震えそうになる右手を強く握り締め、彼は己の幼さをその拳の中に封じ込める。そして、カシウスの大きな拳に、まるで神殿の礎石を置くような重みをもって、自分の拳をコツンと当てた。

「……分かったよ、兄様。その時は僕が、ベツアレムの誇りにかけて、二人を命に代えて守り抜く」

その答えを聞くと、カシウスは憑き物が落ちたように、穏やかで気高い微笑みを浮かべた。

「……頼りにしているぞ、我が弟よ」

カシウスは静かに笑うと、太い腕でナタンの肩を抱き寄せ、その髪を、愛おしい宝物に触れるような仕草で優しく撫でた。

柱の影で、ミリアムは立ち尽くしていた。差し入れようと運んできた水瓶の表面には、彼女の指の震えが細かな波紋を作っている。焼きたてのパンの香ばしい匂いが、今は喉を焼く砂のように苦い。

ナタンが握り締めた小さな拳。カシウスが吐き出した、家長としての孤独な誠実さ。

(……ごめんなさい、二人とも。その高潔な誓いさえ、私は鑑定し、壊そうとしているのかもしれない……)

* * *

ガリラヤの南へと続く、陽炎の揺らめく上り坂。ミリアムは、強張った足取りで、ただ一人進んでいた。

吹き付ける熱風がガリラヤの砂を巻き上げ、視界を白濁した霧のように覆い隠す。彼女は激流に抗う溺死者のような必死さで、自らの肩を抱きしめ、崩れそうになる膝を叱咤した。目指すは「忘却のモリア・ギブア」。死者の嘆きが砂となって降り積もると言われる、沈黙の地だ。

(……行かなければ。あの黄金の瞳が見せた、真理の奈落の先へ)

懐にある「銀の籠」が、歩を進めるたびに彼女の胸元を冷たく叩く。昨日、ヨシュアの指先が触れた手の甲には、今も烙印のような冷気が居座り続けている。彼の紡ぐ言葉は鑑定士としての彼女の誇りを腐食させ、一族が守り続けてきた平穏を猛毒で塗り替えていく。

「兄様も、ナタンも……誰も巻き込んではいけない。これは私一人が、その眼で見てしまった『真実』の報いなのだから」

乾いた大気に吸い込まれる独り言。坂を登るほどに、空の色は深く、孤独という名の闇が足元から這い上がってくる。

もし、この道の先に待っているのが「救い」ではなく、鑑定することの叶わない圧倒的な「破滅」であったとしたら。その時、自分を引き戻してくれる温かな手は、もうどこにもない。

ミリアムは乾いた唇を強く噛み、滲んだ血の味で意識を繋ぎ止めた。陽光に焼かれた砂の道が、まるで巨大な蛇の背中のようにうねり、彼女を忘却の奈落へといざなう。

「姉様、どこに行くの?」

不意に背後から届いた声に、ミリアムの心臓が跳ねた。

振り返ると、そこには砂塵にまみれたナタンが立っていた。驚きに目を見開く彼女を、ナタンはどこまでも穏やかな、けれど退路を断つような眼差しで見つめ返す。

「こんな遠くまで一人で。兄様が知ったら、悲しむよ。……さあ、一緒に帰ろう」

ナタンがいつものように、優しく手を差し伸べる。だが、ミリアムはその手を掴めない。掴んでしまえば、この汚れなき少年まで奈落に引きずり込んでしまう。彼女は拒絶するように、激しく首を振った。

「……駄目よ。あなたは戻って、ナタン。私は……行かなければならないの」

ヨシュアとの血の滲むような約束、そして一族が守り続けてきた禁忌の重み。

頭の中で幾千の嘘を編み上げ、何とかナタンをこの濁流から遠ざけようと算断を巡らせるミリアム。だが、その迷路のような思考を、ナタンの放った一言が、無慈悲なまでの鋭利さで断ち切った。

「――なら、僕も行くよ」

なおも、少年は言葉を重ねる。その声は震えてなどいない。むしろ、深い淵の底で冷たく澄み渡った水のように、静かな響きを湛えていた。

「姉様が独りで何かを背負い、僕の手の届かないどこかへ消えてしまおうとするのなら……僕は、そこまで姉様を運び、あらゆる害悪から守り抜く盾になる。――これは僕が自分に、そしてあのカシウス兄様に、魂を賭けて誓ったことなんだ」

ミリアムは息を呑み、言葉を失った。

その瞳には、かつて彼女の背中を追って泣きじゃくっていた幼子の面影など、微塵も残っていない。

そこにあるのは、自らの若き命を、ただひとつの目的のためにまきとしてくべたような、強靭で、一点の曇りもない「狂信」にも似た決心だ。

ミリアムは、つい昨日まで自分の背を追っていたはずの少年の瞳に灯る、その圧倒的な「光」に射すくめられた。言葉を失い、当惑の中でただ彼を見つめ返すことしかできなかった。

二人は並んで歩く。それでもミリアムは、まるで自分の背負った「業」という名の影がナタンの未来を侵食するのを恐れるように、わずかな距離を置き続けていた。

「忘却のモリア・ギブア」――かつては行き場を失った孤独な魂が葬られ、生者が足を踏み入れることを忌み嫌う、死の沈黙だけが許された場所だったはずだ。

しかし、辿り着いた二人の眼前に広がっていたのは、その静謐を暴力的なまでの熱気で踏みにじる、異様な光景だった。

なだらかな丘の斜面を埋め尽くしているのは、どこから湧いて出たのか、数え切れないほどの群衆だ。

泥にまみれた農夫、震える杖を突いた老人、枯れた乳房を赤子に含ませる女たち。彼らは一様に、何かに取り憑かれたような虚ろで、それでいて激しい渇望を宿した瞳を丘の頂へと向けている。舞い上がる砂埃、人々の体臭と異様な興奮が混じり合い、空気はむせ返るほどに濁っていた。それは祈りの静寂とは対極にある、血を求める闘技場にも似た、不吉な熱病に支配されていた。

「……何、これ。ここで、一体何が始まろうとしているの?」

ミリアムは思わず、喉の奥から絞り出すように呟いた。鑑定士の目で見れば、この群衆はもはや個々の人間としての形を失い、一つの巨大な、制御不能な「飢えの塊」と化している。

その問いに、隣で警戒を強めていたナタンが、意外なほど戸惑った顔をして彼女を振り返った。

「姉様、本当に……何も知らずにここへ来たのかい? 街中、この噂でもちきりだったじゃないか。今日、ここで『洗礼者ヨカナンの後継者』が、かつてない奇跡を起こすって」

「ヨカナンの、後継者……?」

「ああ。天からの贈り物を降らせ、飢えを消し去る男が降臨するんだって。みんな、それをひと目見ようと、藁をも掴む思いで集まってきたんだ」

ナタンの言葉が、ミリアムの鼓膜を氷の楔のように貫いた。

彼女の脳裏には、あの不敵な輝きを放つ黄金の瞳が、暗闇を切り裂く一閃となって鮮烈に浮かび上がる。

ヨシュア。

昨夜、月明かりの湖畔で彼が浮かべていた、あの残酷なまでに澄んだ微笑。私に「面白いものが見られる」と囁いた、確信に満ちた冷ややかな声。

(……ヨシュア。あなた、ついに自ら奇跡を演じ、この愚かな衆人の前に立とうというの?)

彼はかつて、自分には「奇跡」という概念が理解できないと吐き捨てていた。理解できないからこそ、その形を精巧に模倣し、人々が何に跪くのかを試そうとしているのではないか。

ミリアムの背中に、じっとりと冷たい汗が伝う。もし彼が、その神のごとき知恵をもって衆人を扇動すれば、この国は、いや世界そのものが彼の掌の上で転がされる玩具に成り果ててしまう。

ヨシュアという深淵に踏み出す旅の先に、どれほど凄惨な破滅が待っているか分からない。弟への深い慈しみゆえに、この「呪われた因果」に彼を巻き込むわけにはいかないのだ。

「ナタン、あなたは戻りなさい」

その言葉を口にし、突き放そうとした刹那。ナタンは姉の心の震えを見透かしたかのように、不意に、その確かな歩みで距離を詰めると、彼女の凍えた指先を逃がさぬよう強く握りしめた。

その瞬間、ミリアムの胸を激しい戦慄が貫いた。

ヨシュアの氷のような言葉に触れるたびに、一歩ずつ死の静寂へ近づいていた身体へ、ナタンの掌から、生きる者の猛々しい熱が、熱い血の脈動が、濁流となって流れ込んでくる。

掌から伝わる、痛いほどの熱。

(そうか、私は……ずっと、この熱を求めていたのか)

突き放さなければならないと理性が叫ぶ一方で、握り返す力に抗うことができない。この温もりこそが、暗闇へと魅了され、足を踏み外そうとしている自分をこの世に繋ぎ止める唯一の「アンカー」であることを、彼女は痛いほどに悟らされていた。

(このままでは、私は『向こう側』へ溶け落ちてしまう……)

それはヨシュアと対峙するたび、喉元を締め付けるように鋭く突きつけられる予感だった。あるいは、自分でも認めたくないほど深い場所で芽生えてしまった、全てを壊してしまいたいという破滅的な誘惑。

真理の裏側を暴く、ヨシュアの残酷なまでに美しい言葉。

こちらの魂まで透かし彫りにし、逃げ場を奪う黄金の瞳。

そして、彼が気まぐれに投げ与える、喪われた「父」の面影という名の、あまりに甘美で猛毒を含んだ対価。

それらは鑑定士としての彼女の矜持を一滴ずつ腐食させていく。ヨシュアが描く、壮大で残酷な「因果の夢」の中へと、彼女の輪郭は今にも溶け出そうとしていた。

だからこそ、ミリアムはナタンの手を、骨が軋むほどに強く握り締めた。

それは、職人としての過酷な労働が刻み込んだ、節くれだった無骨な手。槌を振るい、鉄を鍛え、日常の火を絶やさない「硬い手」。

自分がベツアレムの娘であり、一族を守る姉であるという、この世界で唯一の、そして最後の証明。

私がこの、確かな痛みを伴う現実に踏み止まっていられるのは、この子がいるから。この温かな「生」の重みがあるから。

それを決して忘れてはいけない。たとえ黄金の虚無に魂を引かれたとしても、ずっと繋いできたこの無骨な絆だけは、何があっても離してはいけない――。

悲鳴を上げる己の心と呼応するように、ミリアムがナタンの指を折らんばかりに強く握りしめた。

ナタンが静かに、それでいて祈るような優しさを湛えて囁く。

「……ねえ、姉様。そんなに強く握りしめたら、僕の右手が鉄を打てなくなってしまうよ?」

ミリアムが弾かれたように顔を上げると、そこには砂塵の中でも変わらぬ、真っ直ぐで曇りのないナタンの瞳があった。

彼の口から漏れる、火床と汗の匂いがする無骨な言葉。そして、その指先から脈打つ、あまりに鮮烈で、残酷なほどに確かな「熱」。

その圧倒的な現実感に触れた瞬間、ミリアムの視界を蝕んでいたヨシュアの黄金の幻影が、陽光に焼かれる朝霧のようにふっと霧散した。

ミリアムは安堵とも絶望ともつかない溜息とともに、強張っていた頬の力をようやく緩めた。

心の中に巣食う冷たい影を、今度こそ深淵へと突き落とすように。彼女はもう一度、今度は確かな愛情と「この手を離さない」という静かな誓いを込めて、ナタンの熱い手を、今度は彼女の方からゆっくりと握り返す。

「……ごめんなさい、ナタン。私、どうかしていたわ。……きっと少し、遠いことを考えてしまっていたの」

表紙イラストをpixivに掲載しています。


朗読版はyoutubeにあります。

https://www.youtube.com/playlist?list=PL8BNa9czmG5HRY9yC-7O8NnwODXAXGjZe

【60万字完結済】水・金 21時更新。一旦、前編30万字分を公開予定。以降の公開継続は、皆様の反響次第で検討します。

※初回3話公開。最初の1週間は毎日更新の予定。

※本作はAIを執筆補助に使用していますが、プロットおよびキャラクター設定はすべて作者によるものです。

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