第70話 終結
聖域の奇跡と教皇の復活は、帝国に大きな衝撃を与えた。
すぐに臨時の法廷が設けられ、帝国の中枢に巣食っていた闇は、次々と白日の下に引きずり出されていく。
教皇代理ヴェクター。
長きにわたり教皇を眠らせ、女神の声を偽り、権力をほしいままにしたその罪は、もはや誰の目にも明らかだった。
彼は信徒の前で公に告発され、帝国法廷へと引き渡される。
もはや取り繕う言葉もなく、護衛に縋りつきながら叫ぶ。
「私は……女神のために……!」
だが。
その声に耳を傾ける者は、ひとりとしていなかった。
そして――皇帝妃カタリナ。
後宮における陰謀。
数多の側妃たちを陥れた罪。
帝国を混乱へと導いた数々の悪行。
それらは断罪の場で、ひとつひとつ白日の下にさらされた。
彼女は正式に廃妃とされ、修道院へと送られることが決定する。
最後に見せたその表情は、悔恨でも絶望でもない。
ただ、空虚な諦めだった。
――だが。
人々の心に深く刻まれたのは、断罪そのものではなかった。
帝都を包んだ奇跡の光。
女神の声。
そして――聖女の帰還。
それらが、すべてを上書きしていた。
――帝国は、救われたのだ。
その確信が、絶望に沈みかけていた人々を、再び立ち上がらせる。
市場には笑い声が戻り、街角には花が飾られ、兵たちの剣は再び誇りを取り戻した。
教皇もまた、聖域の奥でこう告げている。
「女神セレスティア様は、この国を見捨ててはおられぬ」
その言葉は帝都から帝国全土へと広がり、長く覆っていた暗雲を吹き払っていった。
――そして。
すべてが終息へと向かい始めた、今。
皇帝ユリウスは玉座に座したまま、ふと拳を握る。
胸の内に渦巻くのは、帝国を統べる者としての使命感ではない。
聖女を“国の救済者”として仰ぐ、敬意でもない。
もっと個人的で。
もっと抗いがたい――
ただひとりの女へと向けられた、強い想いだった。




