第三話 儀式
悠也とアヤメは、猫の失踪が集中するエリアで聞き込みを続けていた。
その結果、戻ってくる飼い猫と、完全に姿を消した野良猫という、不自然な失踪パターンが判明した。
「ターゲットは、このエリアの猫全体を狙っている。おそらく、野良猫は回収され、飼い猫は『実験』のために一時的に連れ去られ、戻されている」悠也は断言した。
二人は、聞き込みの中で、住宅街の奥に木々が鬱蒼と茂る一角があることを知った。そこには、苔むした鳥居と石段を持つ廃神社があった。
近くの住民の話では、この神社は数年前に神主が亡くなってから放置されており、今は誰も近づかないという。
「先代の神主さんは、三年ほど前に亡くなったんですよ。病気でね。ただ、東京の大学に行ったという、若い男の子の子供さんがいたはずだけど、亡くなってからはとんと見かけないねえ」
悠也とアヤメの間に、緊張が走った。
猫の連続失踪、人目につかない廃神社、そして数年前に失踪した神主の息子。
悠也の公安での経験が、この事件が単なる動物愛護法違反ではないことを告げていた。
その日の深夜、悠也とアヤメは廃神社に舞い戻った。
「ナノマシンの反応は、ニャルラトホテプのような異質なエネルギーではないわ。でも、不自然な電磁波の揺らぎが、奥の建物から強く出ている」アヤメが囁いた。
二人は、荒れ果てた拝殿の奥にある、南京錠がかけられた古い建物に静かに接近する。
悠也が用意した特殊な工具で錠前を破り、重い扉を押し開けた。
扉の奥は、古びた物置部屋のようだったが、中央に設置された光景に、悠也は息を飲んだ。
床には、大量の猫の毛と血が散乱している。そして、部屋の中央には、古びた祭壇のようなものが築かれ、その上に、布に包まれた人間のミイラ化した遺体が横たわっていた。
遺体は、胸元と額が開かれ、そこから無数の細いチューブが伸びている。チューブの先は、床に置かれた大きな器へと繋がっていた。その器には、まだ温かい、大量の血が溜まっている。
「これは……!残酷なことを」アヤメは顔を覆った。
悠也は、冷静に状況を解析した。
「チューブは、遺体の血液の循環系に接続されている。そして、この器の血は……」
アヤメがナノマシンで血を解析した。「猫の血よ。大量の猫の血を、この遺体に輸血している……」
悠也は、周囲を見回した。遺体の周りには、使い古された古い祝詞のようなものが散乱している。
「猫には、9つの魂があると言われているだろう。これは、その伝承に基づいた、人間を生き返らせようとする儀式だ。猫の生命エネルギーを、この遺体に注ぎ込んでいるんだ!」
悠也がそう断定した、その瞬間。
バシィン!
背後のドアが乱暴に閉まり、カギがかかった。
部屋の暗がりから、一人の痩せた若い男が姿を現した。彼の顔には、狂気と疲労の色が浮かび、手には血に濡れたナイフが握られている。
「よくも……よくも私の儀式を邪魔しに来たな!父さんは、もうすぐ帰ってくるんだ!」
男の顔を見て、悠也は理解した。彼こそが、数年前に亡くなった神主の息子だ。
「やめろ!君がやっていることは、ただの殺戮だ!その遺体は、もう戻らない!」悠也は説得を試みたが、男の耳には届かない。
「黙れ!お前たちのような部外者に何がわかる!父さんは、この儀式で生き返るんだ!」
男は雄叫びを上げ、ナイフを振りかざして悠也とアヤメに襲いかかった。
悠也は即座に男を組み伏せようとしたが、男は狂気的な力を発揮した。アヤメは、男の動きをナノマシンで予測し、精密な体術で男の腕を捻じ曲げ、ナイフを床に叩き落とした。
男が呻きながら倒れ込んだ隙に、悠也は男の身体をロープで拘束した。
悠也は、拘束した男を確保すると、直ちに公安時代に連絡を取っていた地元の警察署に通報した。
「こちら、『青い蝶探偵事務所』。殺人未遂と動物虐待、遺体損壊の現行犯を確保しました。場所は、〇〇町の廃神社です!」
純粋な人間の狂気による事件。しかし、この事件は、悠也とアヤメに、闇を追う探偵としての新たなスタートを切らせる、最初の大きな一歩となった。




