4-25.変わりゆく時代
「魔法が人を支配する時代は終わった」
空に都市が浮かんでいない、突き抜けるような青空の下。
地上街の広場で、エルデは大勢の人々に囲まれながら宣言した。
その言葉に、人々はそれぞれの未来を思い描く。
長く抑えつけられてきた時代の終わり――その先にある希望ある世界を。
エルデは演説を続けながら、ゼルファウスが倒れた後の短い期間に起きた、世の中の激しい変化を思い返していた。
エルデがまず確認したのは、仲間たちの無事だった。
そしてその直後、彼が急いだのは天空都市に残された人々の救助だった。
理由は明白だった。
原因は不明だが、天空都市を支えていた浮遊魔法が急速に弱まり始めていたのだ。
巨大な都市は、ゆっくりと――しかし確実に落ち始めていた。
崩れゆく城内で、傷の手当てをしていたジェルドと合流する。
敵の追撃から器用に逃げ回り、気が付けばいつの間にか完全に振り切っていたという。
ジェルドに肩を貸し、なんとか地上へ戻る。
二人を出迎えたのはミーリャだった。
地上も決して安全ではなかったが、こちらにもワタルの助けがあったらしい。
ワタルに礼を言いたかったが、これまでと同じようにいつの間にか姿を消していた。
こうなると、ワタルが見つかったことはない。
「ま、いいか。いつかまたワタルさんとは会えるでしょ」
エルデはそう呟き、背後を振り返る。
その視線の先には、天空都市があった。
都市は徐々に浮力を失い、風に流されながらゆっくりと落ちていく。
あるものは未開の郊外へ。
あるものは海へと墜落していった。
地上へ逃れた貴族や魔法騎士たちは、その光景を呆然と見上げていた。
かつて自分たちが住んでいた、天上の都。
それが、手の届かない彼方へと消えていく。
ある者は涙を流し、
ある者は膝をついた。
「時代が……変わるのか……」
誰かが、かすれた声で呟いた。
その言葉の重みを、誰もが感じ取っていた。
彼らはいつまでも、その光景を見つめ続けている。
地上街へ身を寄せる貴族たちへ、民衆の視線は冷たかった。
憎悪。
怒り。
復讐。
長年の支配の記憶は、簡単には消えない。
そんな緊張の中、臨時で街を取りまとめていたダーリオンから一つの指令が発せられる。
「貴族や魔法騎士、旧統治に対するあらゆる暴力、迫害を禁止する」
その言葉に、民衆の間から不満の空気が広がった。
レジスタンスのリーダーであるダーリオンの命令。
さらに革命の決定打となったエルデも、この命令に名を連ねている。
これまでの貴族らの横暴と恩人たち……その二つを秤にかけて、ギリギリの所で踏み止まっていた。
「聞いて欲しい」
そんな人々に、エルデは道を指し示した。
「魔法は杖だ。私達が歩けるようになるまでは、この杖を借りることもあるだろう」
エルデが提案したのは、創造魔法を手本とする事だった。
今までは全ての物が創造魔法で用意されてきた。
これからは人の手で用意していかなければならない。しかしそのような物を作る技術はすぐに身に着ける事は出来ない。
そこで創造魔法で作り出した物を手本にして、作り方を考えるというものだった。
何度でも出せる手本により、物を作るレベルは急速に高まっていった。
貴族たちは手本を作り出す事に何度も魔法を使うことになり、それなりに苦労している。
それが、民の留飲を下げる結果となった。
「エルデをこの国の王に!」
「私達を導いてください!」
冷血王を倒し、この国の行く末を案じているエルデの人気は非常に高まっている。
その人気は、未だ不在の王として迎え入れる機運が高まった。
しかし、エルデは苦笑いし、腰に履いている二振りの魔剣に手を置きながら答えた。
「王が必要な時代は、あの天空都市と一緒に降りてきたはずだ」
空を指差す。
「これからは誰かに導かれるんじゃない。
自分たちの足で歩く時代だよ」
エルデは……自分は王になるべきではないと思っていた。
もし魔法が使えるエルデが王となれば、これからの世界の流れに水を差すことになる。
それに――
彼がここへ来た理由は、王になるためではない。
体制を変えるためだった。
「それに私なんかより、適任が居ます。お願いしますね、ダーリオン」
「また面倒なことを押し付けやがって」
ダーリオンは渋い顔をしたが、本気で拒む気はないようだった。
「すまない。けど、あの人ともいい感じになってるし、丁度良いでしょ?」
「さて、何の事かな~」
決め手となったのが、ダーリオンが牢から救出された時だったらしい。
お相手はルミリア・アークライト。
前々から気になっていたらしいが、救出に来たルミリアがピンチになったのをダーリオンが救ったのだった。
ルミリアは貴族で魔法使い側ではあるが、これまで民衆を助けてきた人でもある。
彼女の支援で助かった人は非常に多い。
ダーリオンと一緒になる事も、きっと多くの人から祝福されるだろう。
それから数か月が過ぎた。
世界中へ革命の波が広がっていく。
各地で反乱が起こり、多くの国で魔法統治が崩れた。
しかし失敗した国もあり、魔法支配が続く地域も存在していた。
それでも、世界全体で見れば魔法の影響力は確実に薄れていく。
だが問題も多かった。
まず食料不足。
創造魔法に依存していた社会は、急激な変化に対応できなかった。
それが原因で争いも起きていた。
レジスタンス隊員を中心とした自警団が各地を駆け回っているが、人手は圧倒的に足りない。
それでも――
これまでと違うものがあった。
人々の顔に、笑顔があった。
今は苦しくても。
明日は変わるかもしれない。
そんな希望が、そこにはあった。
エルデはその光景を眺めながら、故郷への道を歩く。
変わりゆく時代の中へ、エルデは静かに歩き出した。




