4-24.一撃
広場という立地もあるが、大量の瓦礫が落下した割には建物への被害は少ない。
見える範囲だけではあるが、倒れている人の姿も見当たらない。
奇跡的と言える状況だった。
砕けた地面と瓦礫によって粉塵が立ちこめ、辺りの見通しはまったく利かない。
人々は怪我人の救助と事態の把握のため、大声を上げていた。
騒然とした雰囲気の中――粉塵に紛れ、誰にも気付かれずに対峙する二人がいた。
エルデは二振りの魔剣を構え、全身の負傷と疲労を身体強化魔法で無理やり補っている。
流れる血と汗で視界が滲むが、全神経を集中させ、目の前の相手の隙を探っていた。
一瞬でも隙を見せればやられる。
そして一度の隙を見逃せば、もう勝機は訪れないだろう。
ゼルファウスは王笏と剣を手に、悠然と待ち構えていた。
しかしその外見とは裏腹に、彼にも余裕はない。
エルデから受けた傷に回復魔法をかけようとしたが、魔斬剣ミストルヴァンの魔法消去の影響か、回復が著しく遅れている。
さらに落下の際にはエルデを庇う形となり、受けたダメージも大きかった。
動かない関節や筋肉を、魔力によって無理やり動かしている状態だった。
二人の間に、張り詰めた空気が流れる。
周囲の喧騒は、二人にはまったく届いていなかった。
お互いに、迂闊に仕掛けることはできない。
呼吸のタイミングすら隙に思え、浅く息を呑む。
まるで時間が止まったかのような錯覚。
その時――
「……え!?」
粉塵をかき分け、一人の女性が二人の間へ入り込んできた。
張り詰めた空気の圧力に当てられ、抱えていた荷物を落とし、その場に尻もちをつく。
「おおおぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁ!」
二人が同時に動いた。
互いに限界を超えた脚力で地面を蹴り、申し合わせたかのように激突する。
魔力も含めたすべての力が、その一撃へと注ぎ込まれた。
一撃を放ち、互いにすれ違う。
ギィィィィィィン!!!
金属の響きが、わずかに遅れて広場へと響き渡る。
駆け抜けたまま構えを崩さず、ほんの一瞬の静寂が流れた。
先に口を開いたのはゼルファウスだった。
「お前は、この世界の王にでもなるつもりだったか?」
背を向けたまま、エルデは答える。
「俺は魔法や魔法統治そのものが悪いとは思っていない。
いずれ変わるとしても、今はまだこの統治が必要だと思っている。
だから……俺が王になる必要はない。しばらく見守った後は、地元の街へ帰るよ」
「そうか……」
ゼルファウスは小さく呟いた。
「まあ、どうでもいい。お前の勝ちだ。好きにするがいい……」
王笏と剣が手から落ちる。
そしてゼルファウスは膝をつき、そのまま倒れ伏した。
「俺の……勝利だ!」
止まっていた音が、世界に戻ってくる。
エルデも周囲へ目を向けた。
粉塵は少しずつ晴れ、人々が走り回る姿がちらほらと見える。
「さて……どうしようか?」
迷ったのは、ゼルファウスの処遇だった。
これまでの時代の象徴とはいえ、エルデには彼を殺すつもりはない。
できれば、これからの世界を助ける側に回ってほしいとも思っていた。
だが世間がそれを許すとは思えない。
そして何より――彼自身が素直にそれを受け入れるとも思えなかった。
ふとゼルファウスを見る。
いつの間にか彼は起き上がり、エルデを見ていた。
「なあゼルファウス……俺に負けたと思っているなら――」
「俺はこれまで……この世界を、人の世を、つまらないと思っていた」
ゼルファウスは静かに言う。
「だが、お前たちレジスタンスとの戦いは……まあ、悪くなかった。
だが、それもこれで終わりだ」
「ゼルファウス……」
ゼルファウスは、ごく自然な動きで頭へ手を当てる。
魔法の発動体である指輪をはめた手を。
「さらばだ、エルデ。現代の勇者よ。
少し……楽しかったぞ。
この退屈な世界に、最後に現れた……最高の敵だった」
魔法が発動する。
パァン――
乾いた破裂音が響いた。
倒れていく姿を見ても、エルデは動くことができなかった。
「馬鹿やろうが……」
ウェルザルト王国、冷血王ゼルファウス・ウェルザルト倒れる。
その衝撃的な報は、瞬く間に国中へ、そして国外へと広がっていった。
それをきっかけに、各地で国への反乱が巻き起こる。
失敗した国もあったが、多くの地では反乱が成功し、魔法統治は次第に姿を消していった。
そして同時に、魔法統治者の住まう天空都市は浮力を失い、未開の地や海底へと沈んでいった。
今では、地上の街の上空に都市が浮かぶことはない。
人々は、遮られることのない日の光を浴びながら――
未来へ向かって、歩き始めた。




