4-20.劣勢
「さて……失望させてくれるなよ?」
ゼルファウスが錫杖を振るうと、その背に小さな炎の矢がいくつも生まれる。
掌ほどの火の粒が、星のような輝きを帯びて宙に揺らめく。
「やばい、火の矢か!」
「火の矢よ、行け!」
合図と共に、火の粒は軌跡を描いて走った。
一つではない。
数は瞬く間に増え、空間を埋め尽くし、エルデを包囲する。
殺到する炎は、まるで意思を持つ獣の群れのようだった。
「おおお!」
対魔法盾アンラージは、その真価を遺憾なく発揮した。
貴族が放つ通常の魔法とは比較にならぬ高出力の火が、盾に触れた瞬間、霞のように霧散していく。
だが、盾に触れたものだけだ。
包囲する炎の嵐を前に、エルデも火の矢を放つ。
「ほう……お前も無詠唱で使えるか」
この時代、魔法は威力より演出が重視される。
詠唱は演出の一部であり、省略するという発想自体が主流ではなかった。
エルデの無詠唱はミーリャから教わった異端の技術だ。
それは今や彼の切り札の一つとなっている。
「お前も……無詠唱を!」
ゼルファウスは完全に無詠唱で魔法を展開していた。
無詠唱は高度な制御技術を要する。
それを当然のように使いこなす王の技量に、背筋が冷たくなる。
状況は拮抗――いや、盾の助力があるにも関わらず、エルデが押されていた。
「魔法ではやはり対抗できない。なら!」
エルデは盾を突き出し、突撃した。
防ぎきれない火の矢が体を焼き、肉を削る。
既存の傷と相まって体力が急速に削られるが、ここが踏ん張りどころだと、歯を食いしばって駆ける。
「一風!」
ジェルドから学んだ剣技。
全身のバネを使い、地を這うように駆けながら斬り付けるこの技を初見で避けるのは難しい……はずだった。
ゼルファウスは一歩退き、難なく受け止める。
そのままエルデは駆け抜け、振り返った。
王は平然とこちらを見据えている。
「それも報告にあったな。先程の剣の使い方は初めて見る」
「くそっ!」
初めて見ると言いながら容易に避けるゼルファウスに冷や汗が流れる。
気合を入れ直し、エルデは学んだ限りの剣技を以て剣を振るった。
冷や汗が背を伝う。
剣と剣が激突する金属音が、玉座の間に断続的に響いた。
ゼルファウスは剣術を学んだことがない。
一方、エルデはジェルドと研鑽を重ねてきた。
それでも互角――否、次第に押されている。
「どうした? 剣なら勝てるのではないのか?」
「くそ……!」
力を込めて手数を増やすが、あっさりと捌かれた。
「どうした? その技はもっと足腰をしっかりさせないと意味が無いぞ?」
「やかまし……ぐわぁ!」
一瞬の隙にエルデの腹にゼルファウスの錫杖が突き刺さった。
錫杖に魔力が籠る。
「……バーストシード」
輝く小さな光と共に吹き飛ぶエルデ。
「ヤバい!」
吹き飛びながら盾を振るい、光を強引に消去する。
その代償として受け身が取れず、壁に叩きつけられた。
呻くエルデ。
追撃の魔法が殺到するが、盾が霧散させる。
体勢を整える前に、ゼルファウスの蹴りが盾を押さえ込む。
「魔法を消去する盾……中々良い性能だ。が、しかし魔法を消せるだけで、盾としての物理性能は大したことがない」
ゼルファウスは剣を振りかぶり、魔法を纏わせる。
「その程度のマジックアイテムなぞ……不要だ!」
魔法で加速された剣が盾を貫く。
そして捻りを加えると、対魔法盾アンラージは粉々に砕けてしまった。
盾が……対魔法盾アンラージが砕けた。
エルデは始め、魔法はともかく剣に持ち込めばなんとかなると思っていた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば剣においてすら及ばない。
アンラージがあったからこそ、ここまで食らいつけた。
そのアンラージが失われてしまった。
その時、世界の時間が停止した。
エルデの意識はあるが、体が動かない。
凍りついた世界の中で、声だけが響く。
「エルデ……エルデ……現代の勇者よ。私は神の使い……貴方に力を授けに来ました」




