4-16.始まりを告げるミーリャの隕石
エルデは与えられていた個室で着替えをしていた。
遠くからは、騒がしい声と足音が絶えず聞こえてくる。
仲間たちもまた、各々の役割に向けて準備に追われているのだろう。
その喧騒の中で、ふと、心に影が落ちる。
(僕は……正しいのだろうか?)
エルデは生まれつき魔法を使えた。
そのため少年時代は貴族に準じる待遇を受けていた。
一方で、魔法を使えなかった両親は迫害の末に命を落とす。
体制に疑問を抱く理由として、それ以上のものはない。
それでも、世界を知るにつれ理解してしまった。
それは確かに「真実」だが、「真実の全て」ではない。
魔法統治は差別を生んでいる。
だが、今の文明の基盤を築き、人々の生活を支えているのも魔法だった。
人の手による技術はまだ幼く、魔法なしで社会を維持するには程遠い。
人類は、まだ魔法に依存せざるを得ない。
個人の悲劇を無かったことにはできない。
だが、世界を回すには、個人よりも全体を見なければならない。
そして自分たちは、その世界の回転軸を破壊しようとしている。
エルデは自分の手を見つめた。
僅かに震えている。
心のどこかで動揺している証だった。
その時、二つの手が震える手を優しく包む。
振り返ると、そこに居たのはジェルドとミーリャだった。
「不完全な俺達は、何度も何度も同じ間違いを犯す。これだって、間違いなのかもしれない」
「ジェルド……」
「けど、俺達は変わらなければならない。変化が無くなればそれこそ終わりだ。変化できれば、俺達が間違いだった時、また変わることが出来るだろう」
ミーリャもエルデを励ましてくれる。
「大丈夫。エルデの気持ちを、私にも一緒に抱えさせて」
「ミーリャも……ありがとう」
手の震えは止まっていた。
二人の温かい気持ちを感じ取り、心が鎮まる。
「そうだな。僕は一人じゃなかった……もう大丈夫だ」
三人はお互いを見つめ、頷く。
心の準備も整えることが出来た。
意を決し、部屋を出る。
しかし、丁度部屋の前を通り過ぎようとしていた人影と、あわやぶつかりそうになる。
「おっとっと」
「わ!? すみま……あ、ワタルさん! 今戻ったんですね」
そう。ぶつかりかけたのはワタルでだった。
「ああ、やっと帰ってきたんだよ。他のみんなも無事だ」
「それは良かった。すみませんワタルさん。貴方のいない時にこんな事になってしまって」
「十分に考えての事だったんだろ? だったら俺の事なんて気にせず、どーんとやれ」
「有難うございます!」
ルミリアは再び天空都市の自宅邸に戻っていた。
ミーリャの魔法で障壁を破壊すれば、都市の一部も巻き添えになる。
今回の作戦では、レジスタンスや関係ない市民は勿論、貴族や魔法騎士団などの支配者側の死も極力無くす方針だ。
そのため、破壊予定地点の住民退避を進めるのが彼女の役目だった。
(これで……良かったのかしら)
自分の家系……誰にも伝えていないし自分も余り信じていないが、魔王が生まれているらしい。
魔王により世界は壊滅の一歩手前にまで追い込まれたが、ウェルザルト王国の始祖がそれを阻止した……
アークライトの一族はこれを教訓とし、一族が再び世界に覇を唱えないよう、表舞台に立つことの無いことを教えとしていた。
だが、今の自分はどうだ。
政治に影響力を持つ貴族として、革命の中心に立っている。
教えに価値を感じていないとはいえ、背徳感は拭えない。
優しさという名の流れに身を任せているだけではないのか。
本当に望んでいるものは何なのか。
その時、空に異変が生じた。
蒼穹に、あり得ない光点が浮かび上がる。
隕石だった。
「そろそろ時間ね……」
ミーリャは天空都市の更に上に浮遊魔法で浮かんでいた。
その役目は天空都市を包む障壁の破壊。
「威力はあるんだけどね~」
杖を構える。
この魔法を発見したのは、本当に偶然だった。
この魔法について研究する毎に、この魔法は世界に広めるべきではないと考えた。
理由は単純。
威力が凄まじいのに魔力は必要ない。しかしコントロールが全く聞かないのだ。
いや、正しくは破壊の方向を変えることが出来ないだけと言った方が正しいだろう。
「始めるよ……ザル=ナ・クォル=ネム!」
呪文の言葉と共に、遥か上空の空間が波紋のように歪み、無の宙にぽっかりと開いた穴が現れた。
その中央には、一つの丸い石が浮かんでいる。
その石に向かって望みを伝える。
「世界の真理を、私達の手に!」
言葉に反応した丸石の向こうから、大小様々な巨石が『ミーリャに向かって飛来』する。
これがこの魔法の欠点だった。
制御しようとしてあれこれ試したが、どうしても術者に向かって振ってくるのを変えられなかった。
「だったら、私を通過した先にターゲットがあれば良いのよ」
表面にびっしりと文字が描かれた隕石は、ミーリャを掠めて通り過ぎる。
いきなり隕石が現れるという異常事態に魔法騎士団が飛び出してきた。
様々な攻撃魔法を隕石に向けて放つが、隕石には全く通用しない。
勢いを全く落とさずに障壁に接触。
障壁はまるでガラスで出来ていたかのように隕石を阻むことが出来ず、障壁は弾け消えた。
そして隕石は天空都市を削り取る。
それは単なる攻撃ではなく、時代を断つ鐘だった。
革命開始の狼煙が、空に刻まれた瞬間である。




