4-15.決起
「エルデ」
「どうした、ジェルド?」
そう言いながら、エルデは手に持った杯を一息に煽った。
喉を焼くような酒精の刺激が、胸に溜まった緊張をわずかに溶かす。
「なんで宴会なんだ?」
「いつも言ってるだろ。こういう時は一緒に飲み食いするのが仲間になる近道だって」
隠れ家の食堂では、エルデの指示の下、保管されていた食料が開放され、即席の宴が開かれていた。
長机の上には質素な煮込みや乾燥肉、貴重な酒瓶が並び、どれも革命の資金として温存されていたはずのものだ。
酒と食の渦の中で、エルデは席に座ることなく歩き回っていた。
知らない顔に声をかけ、名前を聞き、肩を叩き、杯を交わす。
その度に酒を飲み、料理を口に運び、また次の人物へ向かう。
酔いは確実に回っていた。腹も苦しい。だが、それ以上に得たものは大きい。
ここにいる者たちの名前と、彼らが自分を覚えてくれたという確かな実感。
それこそが、指導者として最初に必要な「繋がり」だった。
「エルデ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ミーリャ。酒豪と飲み比べになったあの時に比べれば、なんてことない」
宴はまだ続きそうだった。
皆、ダーリオンの行方や支配層の動向を気にしている。しかし知る術はない。
その不安を誤魔化すかのように、人々は杯を重ね、笑い声を上げていた。
笑い声の裏側にある恐怖と焦燥を、エルデは痛いほど理解していた。
その時、扉が開き、外気を纏った人物が入ってきた。
「ちょっと、この騒ぎはなんなの?」
「あ、ルミリアさん。お帰りなさい」
ルミリアだった。
外套を乱暴に椅子へ放り投げ、呆れたように室内を見渡す。
「このレジスタンスに僕が認めてもらうためだよ。何とかなりそうです」
「そう、それは良かったわ。此方も朗報よ」
朗報。
その一言に、エルデだけでなくジェルドとミーリャも身を乗り出した。
「ダーリオンを見つけた。安心して、まだ生きてる」
その言葉に、場の空気が一瞬止まり、次の瞬間、安堵と興奮が混ざったざわめきが広がった。
宴は急遽終了となった。
場は会議室へと移され、主要メンバーだけが集められた。
酒の熱気が消えた室内は、妙に冷たく感じられる。
「ダーリオンは天空都市、王城内の牢に捕らえられているわ」
「大丈夫なのですね?」
「今のところは」
重傷を負ったダーリオンは、傷口だけ塞がれた状態で拘束されたという。
今は生きているが、いつ体調が急変してもおかしくない。
その事実が、全員の胸に重くのしかかった。
「あまり悠長に出来ないか……」
顔を顰めるエルデにジェルドが提案する。
「少数で忍び込むことは出来ないか?」
「難しいと思う」
答えたのはルミリアだった。
「地上から天空都市に入るにはポータルを使うしかないけど、流石にそこは魔法騎士団が常時見張ってる。天空都市自体が障壁で覆われているから、空から入り込むことも不可能よ」
「抜け道は?」
「無いわ」
様々な提案がなされるが、どれも実行に無理がある。
沈黙が落ちる。
提案は尽き、行き詰まりの空気が漂い始めた、その時。
「あのさ……私、障壁をなんとか出来ると思う」
ミーリャの言葉に視線が集まる。
「それはどんな方法?」
「私が見つけた魔法の一つなんだけど……ごめん。詳しい事は言えないの。かなり派手な攻撃魔法だけど、多分障壁を砕ける。ただ……天空都市も被害出ちゃうかもしれないけど」
ルミリアが目を細める。
「障壁の強度は相当よ。私でも破壊できない」
「私もその魔法を使っている所を一回見たことがあるけど、あれなら大丈夫だと思う」
エルデはかつて見た、その魔法を思いだしていた。
一撃で丘を更地に変えたあの一撃なら、確かに障壁を突破できるだろう。
「……よし。その手を使うなら、もうダーリオン救出だけなんて言わない。これを魔法による支配体制に対する革命の狼煙としよう」
自分でも驚くほど、声は揺れていなかった。
部屋中の視線がエルデに集まる。
「僕……いや、私達はこれまで、魔法の有無だけで差別を押し付けられてきた。しかし、人の価値は見える力だけで測れるものじゃない。祖から受け継いだ大切なものは、全ての人が全ての人と共に広がる事だ。一部の人間がその他の人間を抑圧するのは間違っている!」
皆が黙って注目している。
それは否定ではなく、言葉を噛み締めるための静寂だった。
「全てを正す時が来た! 私に着いてくる者はいるか!」
ジェルドとミーリャは即座に立ち上がる。
しかし他のメンバーは動かない。恐怖、迷い、責任の重さ。
革命は理想だけでは始められない。
「私達だけでは意味がない、皆で成し遂げないと意味が無いんだ!」
机を叩き、勢いよく立ち上がる。
「頼む! 世界を変える力を私に貸してくれ!」
最初は一人、次に二人。
やがて、椅子が擦れる音が連鎖し、全員が立ち上がった。
革命の狼煙が、今まさに上がろうとしていた。




