93 機械より執事
熾烈な戦いの末に危険な敵を退けた俺達は、互いに仲間を称え合い、勝利を分かち、全員が無事に生き残ったことに安堵していた。
「お前なんか死ねば良かったのに」
「死ぬのは貴様だ触手チビ」
はい。
「ねえイチ! この偉そうな女は誰!? 新しい女を作るなとは言わないけどさ、教育はしといてよ! 特に、イチのカノジョである私には逆らわないようにって!」
「年功序列とは反吐の出る思想だな。掃除屋は実力主義、役立たずは即刻クビだ。そもそも貴様のようにベタベタと粘着質なメンヘラ女はイチ様に相応しくない。身を引け」
「ちぎれた手足すら自力で再生できないザコがぁ……」
「どさくさに紛れてカノジョなどと虚言を弄する落ちこぼれのカスめ……」
険悪な空気が流れる。このままでは最悪の場合、殴り合いが起きてもおかしくない──あっ、キリガが刀抜いた。
「止めろ止めろ! 何してんだお前!?」
「イチ様? 誤解です。私はただこの無礼な小娘の首から上を断ち切って滑稽なオブジェにしてやろうと」
「ハッ! 私が頭落とされたくらいで死ぬとでも? 貧弱な女は発想まで貧相なのね!」
「斬るッ!」
「潰してやる!」
俺の制止も虚しく、二人は本当に戦い始めてしまった。というかマジの殺し合いだ。キリガは刀を振り回し、シィは性懲りもなく変体能力を使っている。
「どうすりゃいいんだコレ」
キリガに命令して強制的に止めさせる事もできるが、この調子では何度でも喧嘩しそうだし、片方だけを抑えつけてはシィが調子に乗ってしまう。
「イチ殿、私に提案がございます」
そんな俺に助け舟を出したのは意外な人物、アイリスだった。俺が驚いて彼女の顔をぼうっと眺めていると、それを了承と受け取ったのか、アイリスは勝手に耳打ちをしてきた。高級そうなフレグランスの良い香りが漂っている。
「ゴニョゴニョ──という訳です」
「うん、うん? え、それでいけるか?」
「私は二級監視屋です。人間観察が仕事ですので、あんな単純な女共を読み違えたりはしません」
地味に酷いことを言っているが、本職の人が言うなら試してみよう。
俺は、未だ安らかに眠っているキュウを自分の膝に寝かせてあげながら、わりと大きめの声で独りごちる。
「うーん、やっぱりキュウは可愛いなぁ。素直で良い子だし、俺の言うことも聞いてくれるし、喧嘩なんか一声かけたら簡単に止めてくれるもんなぁ。うわ、なんか意識したらめっちゃ好きになってきたかも、どうしよう起きたらコクろうかな」
素人丸出しの演技力で、あからさま過ぎるセリフを吐く。ちなみに台本はアイリスが二秒で用意してくれたので、それを彼女に持ってもらい、カンペ形式で読み上げている。
しかしシィ達も馬鹿じゃないので、流石にこんな幼稚な作戦で釣れたりは──
「ちょっとお待ちを! 冷静になって考えてくださいイチ様、従順さで私に勝る女などおりませんよ? なんですかそんなデクの棒、絶対そいつなんかより私の方が足速いし、命令遂行も私のが速いですよ」
「待って待って逆に聞きたいんだけど私がキュウちゃんよりワガママだとか思ってる? ちゃんと思い出してよ、いつも私にケンカ売ってるのキュウちゃんの方でしょ? それを黙って飲み込んであげる度量が私にはあるんだけど?」
ほう、効果テキメンだ。馬鹿なのかな。
「いやでもさ、仲間同士で殺し合いするような奴は、ほら、輪を乱すというか、えっと、その。不愉快だしさ、居ない方がマシかもなって……思ったり、思わなかったり」
アイリスの用意した台本がちょっと辛辣すぎて口ごもってしまった。そんな俺の意図を知ってか知らずか、キリガは己を恥じたような顔をして刀と共に地面に崩れ落ちた。そのまま黙っていてくれると助かる。
対してシィの方はというと……なんか、押し黙って目から光が消えている。まずいな。あいつが一番心をヤッてた時の顔だぞアレ。
「なんでそんなこと言うんスか……? センパイ? もしかして、ニセモノ?」
「あっやべ」
メンタルまで"あの頃"に戻り始めた。どうしよう……アイリスの台本だと、この次どうなるんだっけ。
「え、えぇと。俺はもうウンザリだ。仲間が増えすぎて人付き合いに疲れた。なのでこれからは一人で"外の世界"を目指し……はぁ? んんぅ???」
おかしい、なんだこのセリフ。台本を持ってるアイリスもニヤニヤしてるぞ? まさかこれって……。
「あー! 騙された!!」
「今更ですか? ニナ様の想い人ともなれば、もう少し聡明な方だと期待していたのですが」
「うっわ騙した! 騙したよコイツ! 女に騙されたの初めてだ俺!」
「まさか! そんなはずはありません、こんなに騙しやすいのに。恐らく騙されたのに気付かなかっただけでしょう。鈍感な子供ですね」
アイリスの目的はオルステッドと同じだったのだ。俺の周りにいる女を皆殺しにして、ついでにほっつき歩いてるオルステッドを回収に来たのだ。計算高い女め、危うくシィが暴走するところだった。
「お前、仲間割れを誘発するとか流石にライン越えてるぞ。極悪人のやることだろ」
「何を言いますか。オルステッドさんだって秘密裏に貴方様のお仲間を始末しようとアレコレ画策していましたよ」
「もう帰れよお前ら!!」
腹黒執事は俺の叫びに全面同意するかのようにウンウンと首を縦に振る。早く帰りたくて仕方がないらしい。
馬鹿執事の方はというと、いつもの張り付いた笑顔で俺にすり寄ってきた。
「イチ様、お忘れですか? 私の案内が無ければ貴方様はこの街を正しく歩けない。つまり、はぐれたお仲間たちとも会えないのです! 金輪際! あぁ悲しい、苦楽を共にした戦友たちよ! やけに腕の立つ爺さんに、かなりマッドな改造屋の小娘、そして何考えてんだかサッパリわからん赤髪の美女! ……うーむ、そんなのわざわざ探す必要あります? どうやら異常者の集まりですが」
「うるさいな! 俺にも責任とか色々とあるんだよ!」
「セキニン……」
シィが責任という単語に反応して、俺の腕をガッシリ掴んできた。彼女の手からは何やらドス黒い触手まで生えてきて絡み付き、生体銃と喧嘩している。ヌメヌメしてちょっと気持ち良い。
「色々とあるんだ、俺には」
シィを"外"に連れ出すって約束も、キュウが苦しまずに生きられる場所を見つけることも、スラジと一緒にフィオナの成長を見届けることも、やり遂げる。
そして、ハキリは……ハキリは、どうすれば良いのだろう。
「ほほぉ? その責任とやら、心当たりが幾つかございますが……今イチ様が考えていらっしゃるのは、ハキリ様の父親に関することでしょうか? あの頑固な男……えぇと、お名前を失念しました」
「ヨシマサですよ、オルステッドさん。貴方はお知り合いだったんですから名前くらい覚えてあげてください」
オルステッドの適当な物言いに、アイリスがクソほどの興味も無さそうに補足する。こいつらには人の心がないのか。
「ふむ、失礼。故人の名前をしまい込むスペースが余っているほど私の脳ミソは大きくありませんので」
「はい? ああ、そうですね。そういえば死んでいましたか。硬質工房とかいう組織を立ち上げたかと思えば、戦闘屋と争って、最期はなぜか炎上魔女に襲われてポックリと」
決まりだ。こいつら人情とか持ってない。虫と同類の思考回路だ。
「……引き続き案内を頼む。なるべく早く終わらせよう」
「お任せください。私の見立てではあと数日も歩けば、あの厄介極まりない者たちと接触できましょう」
気まずい空気なんてものともせず、オルステッドは陽気に歩き出す。俺は気絶したままのキュウを背負い、暗く澱んだ目をしたシィと手を繋ぎながら、引率されるように彼に続いた。




