84 都市の虫
第五千二百迷宮領域。そこは人類によって秘匿された深層迷宮領域の一つだ。未知の技術によって建造された都市群があり、魔力とも電力とも違う謎のエネルギーによって自動的に運営されている。無尽のエネルギーが永久的に供給され続ける街に生命の気配はなく、警備ロボットがただ徘徊し、誰も使わないインフラを整える。そんな無機質で未来的な空間に、今日は非常に珍しい来客があった。それも団体客だ。
一人は、とてもこの街には相応しくない、みすぼらしく醜い老人。一人は、見る者を硬直させるほど美しい顔と、透き通る赤髪を持つミステリアスな少女。一人は、ナメクジのように陰湿な雰囲気の暗い緑髪と、不気味な灰色の眼球を持った不潔な少女。
デコボコ。なんて言葉では足りないくらい個性的で、統一性のない三人組だった。
「あのぉ……ここは、何処です?」
緑髪の少女スラジが観光客のように辺りをキョロキョロ見回しながら恐る恐る質問する。
「未開の迷宮領域だ」
アベルがぶっきらぼうに答えた。しかしその答えにスラジは不満そうだ。
「いや、それにしては綺麗な場所っていうか……人の手が行き届きすぎじゃないですか? 中央居住区の富裕街ですら、ここまで立派じゃないですよ」
「ここに残った文献を読めばわかるが、この街は数千年くらい前に人類が生活してた場所らしい。とっくに滅びてるがな」
「滅びた? この街がですか? そんな風には見えないんですけど、どーいうコトです?」
「知るかよ、どうして滅びたかは記録に残ってないんだ……きっと街を壊さず、記録する暇も与えず、一瞬にして人類を全滅させるような存在が居たんだろうよ」
アベルは投げやりに突飛な仮説を作り上げる。普段なら笑い話にでもなりそうな所だが、それを冗談とも言いきれない現状にいるスラジは僅かに脂汗を滲ませた。
「あ、虫……」
唐突にハキリが空中を指さして言う。彼女はどうやら虫が苦手なようで、スラジの背中に隠れてしまった。
それにスラジが満更でもない表情をしているのに対して、アベルはあからさまに顔を顰めた。
「虫だァ? そんな訳ねぇだろ、この街に害虫が湧くような要素は皆無だ。無人稼働する機械たちの気の狂ったような清掃が隅々まで行き渡ってんだぜ?」
「あー、あれは"蝶ちょ"だよハキリちゃん。知ってる? すっごい珍しい虫でねー」
「はぁ? だから虫なんて居ねーって……ぁ?」
アベルをそっちのけで少女たちは謎の黒い蝶と戯れている。そして遅まきに、アベルが蝶の存在に気付いた瞬間……黒い蝶はまるでコピーペーストでもしたかのように二匹に分裂した。
「あれ? 二匹?」
まだ状況を把握してないスラジが不思議そうな声をあげる。いや、違う、二匹どころではない。蝶は分裂に分裂を繰り返し、彼女が瞬きをする間に十六匹にまで増えた。
「ガキ共! 今すぐその虫から離れろ!」
増殖のスピードを衰える事を知らず、次々とコピペされる蝶は数える事も出来ないほどの大群になり、一つの塊となって蠢いた。その塊は次第に濃度を増し、具体的な形を作り、まるで人間のような形状をとる。
──そう、もはやそれは人間そのものとなっていた。煌びやかな金髪を下品に逆立て、仕立ての良い紳士服を身に纏い、慇懃に礼をした男が、蝶の群れの中から姿を現したのだ。
「人間……!? 誰だ、オメェは?」
現れた男とハキリ達の間に、アベルが割って入る。その手には既に抜き身の直剣が構えられていた。
「──お初にお目に掛かります。私はニナ様の忠実にして有能な執事、ローゼン・アルデラド・オルステッドと申す者に御座います」
その黒い執事は、暗く鋭い覚悟を持った目で三人を見据えた。




