82 大怪獣
──巨大な魔物に変貌したシィ。その姿は、俺がこれまでに見たどんな怪物よりも恐ろしかった。
まるでカエルのように膨れ上がった胴体には、無数の触手が生えていて、象のような四本の足がそれを支えている。熊ともライオンともつかない毛むくじゃらの剛腕は人間の体より太く、全身の皮膚には蛇のような不気味な眼球が数え切れないほど存在し、うねる尻尾は三股に分かれ、それぞれの先端にはナイフのごとく鋭い骨が突き出していた。
魔物の攻撃的な部位だけを抽出したような集合体。その中心には、シィの上半身だけがぶら下がっていた。下半身は完全に肉塊の中に埋まってしまっているようだ。
「オマエなンかが……"その目"で私ヲ見るナァァァッ!」
シィは獣の雄叫びのような悲鳴をあげて数十本の触手を俺に向けて高速で伸ばしてきた。それを俺は……いや、正確には俺の右腕に絡み付いたフィオナは、機械のように正確な射撃で撃ち落とす。
『ぁぎィっ!? 痛ァッ! ぅ、うそ! ウソうそ嘘だ! やっパりニセモノだ! センパイは射撃がド下手クソなんダよぉォっ!』
「話を聞いてくれないなら仕方ない、まずはその無駄にデカくなった体を削り取って、元に戻してやるからな!」
俺の決意に呼応してフィオナの連射速度が更に上がる。高速回転するカルシウム結晶の弾丸は、俺の方に伸びてきた触手だけでなく、未だシィの肉体を這い回っている触手にも命中し、根元からブチブチと千切り飛ばしていった。
恐らくシィはあの触手一つ一つに腕をもぎ取られるような激痛を感じているだろう。それでも、彼女は絶叫しながら更に触手を生やした。今度は撃ち落とすのが間に合わないほどの速度と、物量で。
『ブッ潰レろ!!』
弾幕を掻い潜ったいくつもの触手が連なって、まるで極太の一本のように束になり、高速で迫り来る。
「っ、まだまだ!」
フィオナの威力はそれすらも正面から迎え撃ち、一瞬にしてバラバラの肉片に変える。どうやらあの触手は、生産速度を上げた代わりに耐久力が落ちていたらしい。あれくらいなら何度きても怖くない。
もはや触手ごときでは俺に"先っちょ"すら触れられない事を理解したシィは、血の涙を流しながら枯れた喉で更に大きく叫び、二本の豪腕を振るって突撃してくる。
「おい馬鹿!? それは直線的過ぎるだろうが!」
あまりに隙だらけなので、俺は思わずシィを心配してしまいながら、冷静に彼女の象足を撃ち抜いた。しかし思いのほか象足の皮膚は頑丈で、弾丸でも浅い傷しか付けられない。このままでは突進してくるシィに押し潰される。俺は咄嗟に回避行動を取ろうとしたが……その時、手元でフィオナがブルリと痙攣した。
──ガチャンッ! と、何かを切り替えるような音がして、フィオナの銃身の色が真っ青に変色する。
「これは……ははっ! 面白いな!」
その色になにやら得体の知れない自信を感じ取った俺は、改めてシィの足に向けて発砲する。いつもよりもデカい銃声、強い反動と共に、銃口から火花を散らしながら弾丸が飛び出した。本能的に俺は理解する。その弾丸は普段よりも速く、そして"多めに回っている"事を……!
『ッッッ!! いギャァァッ!?』
苦悶の声を上げながらシィは派手にすっ転ぶ。見れば、彼女の強靭な四本の足、その内の一本が大きく抉り取られたように負傷していた。そう。一撃で象足を貫いた弾丸が、勢い余って周辺の肉すらこそぎ落とし、完全に歩行を不可能にしたのだ。
「シィ! その足じゃ戦うのは無理だ! 大人しく俺の話を──」
『ッ! だッシゃァッっ!!』
俺が攻撃の手を止めたのを見て、シィは飛び跳ねるように上体を起こし、右の剛腕を繰り出した。──本来ならば、その腕はまだ俺に届く距離ではない。しかし攻撃の瞬間に、シィの腕は二倍の長さに伸びた。熊のような、もしくはライオンのような、鋭い鉤爪を持った腕が、俺の左半身を抉り取る。
「ぐぁっ!? そ、そんな事もできるのかよ……!」
『うらァッォッ!!』
シィは同じように左腕も伸ばして追撃を加えてくる。今度は俺もなんとか回避するが、地面に叩きつけた剛腕は瓦礫を撒き散らし、余波だけで俺の身体を吹き飛ばした。
「──ぃ、づぅっ!?」
『ころ、すッ!! 絶対、ゼッタイゼッタイぜっったい!! 許サないっ!』
ここまでやっても興奮冷めやらぬシィは、右腕の爪に残った俺の血を、狂気的な表情でベロベロと舐め啜った。……すると突然シィの体がガタガタと震え始める。
『ぁ? あ、あアアッ……!?』
何やら驚愕に染まった表情のシィは、絶望的な目を俺に向けて……ぽつりと呟いた。
『────キュウ、ちゃん?』
「……は?」
シィの口から、よく知っている名前が飛び出す。そしてどういう訳か、この時の彼女の声色はまるで正気を取り戻したように鮮明だった。これまでのような気の狂った怪物ではなく、一人の少女としての声だ。
『こ、このっ……! この血の味、匂い! これ、これは、わかる、わかる!! あの女のだ! あのメスの! ドッロドロに甘え媚びた依存の味っ!! キュウちゃんだ! オマエその腕っ、キュウちゃんから"移植"したな!!?』
「はぁぁぁぁ!? な、何を言ってんだぁ!? お前は!?」
全くもって身に覚えが無く、あまりにも意味不明なことを言われて、俺は思わずたじろいでしまう。だがその仕草はシィの目には図星のように映ってしまったらしい。
『やっぱりキュウちゃんのだ! お、オマエは何者なの!? センパイの顔をして、キュウちゃんの血が流れてて! イミわかんない!』
「いやいやキュウに関しては知らねーよ!! お前の勘違いだろ!?」
『この浮気者ォォォォッ!』
「偽者じゃなくて!? せめてどっちかにしろよ!」
どこか懐かしさすら覚える癇癪を起こしながらシィは大暴れして、周囲のビルやコンクリートを破壊しまくる。降り注ぐ瓦礫は大きな砂埃を起こして、辺り一体を覆った。
「──あっ、これならっ!」
俺は砂埃の中に飛び込んで、がむしゃらに走り回った。これでシィは俺を見つけられず、しかも巨体を無防備に晒したまま棒立ちする事になる。
『逃がすかァッ!!』
シィはその全身の皮膚に張り付いた無数の眼球を高速で動かして俺を探そうとするが……無駄だ。
「今度は連射、いけるよな?」
俺の一声で、フィオナの銃身が青色からピンク色に染まり、いつものように弾をばら撒いた。正確無比な自動照準で導かれた弾丸は、シィの眼球の全てを的確に潰していく。
『がァっ! くそッ、こんなのでぇ! 逃がすもんか! 死んでも逃がさないからっっ!!』
目を潰されたシィは新しく身体のパーツを増築する。変化が起きたのは、彼女の人間としての姿が残っている上半身の、更に一番上。つまりシィの頭頂部。しばらく見ないうちにロングにまで伸びた、その青いクセ毛をかき分けて……なんと、真っ白なウサギの耳がぴょこんと生えてきた。
──何だあれ、ふざけてるのか?
『ふざけてるって、そう思う!?』
こっそりと背後に回っていた俺に対して、シィは振り返る事もせずに鋭い三本の尻尾を振る。音だけを頼りにしているとは思えないほど正確な攻撃が、それぞれ俺の体を掠めて、決して浅くはない傷を作った。
「な、なんだと……!?」
『聞こえる! 舞い上がる砂の音も、ニセモノの足音も、忌々しい心拍の音すら!』
愉快そうに喋りながら巨体をひるがえして俺の方へと向き直るシィ。どうやら本当にウサギの耳で場所がわかるらしい。これは困った。目ならまだしも、耳を潰す手段なんて俺は……俺には……あれ?
「いや? うん、ある。一つあった!!」
──あと一回だけ、チャンスを作れそうだ。
実は前々から書きたかった大怪獣シィちゃんとのバトルです。久しぶりにノリノリで書けました。




