77 掃除屋の生き方
──俺の生体銃から発射された無数の弾丸を、四級掃除屋の男が刀一本で弾き、受け切り、回避する。当然すべての弾を凌げている訳では無いが、致命傷を的確に避けているようだ。
正面戦闘を苦手とする掃除屋でも四級ともなるとここまでやるか。なんか癪だな。
「先輩、凄いですね……それどうやって避けてるんですか? 弾丸の軌道を先読みしてたり?」
「その先輩っての、ムカつくから止めろ! 俺の名前はノリスだ! 親に貰った立派な名だぜ!」
「……無駄話する余裕まである」
俺はフィオナを棍棒のように振り回してノリスに叩き付ける。それを彼は当然のように刀で受け、空いた左手で俺を鳩尾を殴り飛ばした。
「──ぅ、ぐふぁッ!」
「遅せぇんだよ」
ノリスは目にもとまらぬ早業で刀を振りかぶり、俺の首を落としに掛かるが……それを俺はフィオナの銃身で防御した。もちろん俺の意思では無い。フィオナが勝手に動いて、自動的に守ってくれたのだ。
「なんだと!?」
「隙ぃっ!」
まさか渾身の一撃を六級掃除屋に防がれるとは思っていなかったノリスは驚愕に固まっている。戦闘中において致命的な隙だ。俺は容赦なく、ノリスの右眼に指を突っ込んで、中身を掻き出した。
「ぎぃ、テメェっ!!」
片目を潰されたノリスは全く動じる様子も無く、冷静に一旦刀を引いて、改めて素早い刺突を繰り出す。だがそれよりも早く、フィオナの自動照準、自動発砲によってカルシウム結晶製の銃弾がノリスの胴体に無数の穴を空けた。それによって刀の軌道がわずかに逸れ、俺の頬を切り付けて通過するに留まる。
「ぐ、うぉ……っ!」
「銃の対策が甘いですね、魔物ばっかり相手してるからそうなる」
「六級が偉そうにッ!」
胴体を貫かれた事で背骨の一部を傷付けられたノリスは体勢を大きく崩すが、それでも彼は卓越した技術によって刀を操り、正確に首筋を狙ってくる。だが所詮は負傷者の放った一刀だ。避けることは不可能じゃない。
俺が一歩退いて、刀の切っ先を掠めるように回避すると……それを見たノリスが嘲笑うように目を細めた。
「──は、素人が」
パンッ。という乾いた音が聞こえる。どこか耳に馴染んだそれは、銃声だった。俺のフィオナのものに比べると小さくて迫力不足だが……いや、銃声とは本来は小さい方が良い。俺だって最初は"そういう銃"が欲しかった。
「銃の対策がどうとか言ってたな? テメェこそ、相手に使われるとは考えなかったのかよ」
ノリスが隠すように左手で握っているのは、小型の拳銃だった。
「っ……! 掃除屋なのに、なんでそんな、人殺しにしか使えない不便な道具を……!?」
「テメェが言うな」
膝を折って倒れた俺に、ノリスは冷酷な眼差しと銃口を向けて、残弾の全てを発射した。五発の金属製の弾丸が俺の頭蓋を貫通する。拳銃のくせに相当な威力だ、きっと高額商品だったに違いない。
ノリスは拳銃をズボンのポケットに仕舞うと、不愉快そうな表情をして、倒れている女の方へ戻る。この複雑な現状についてアレコレと考えるのが面倒になったようだ。
もちろん俺は、そんなノリスの背中に向けて、フィオナを連射した。静寂に包まれていた空間がズガガガガガッと喧しい銃声によってかき乱される。
「────ぅが、はぁ……?」
腹から壊れた蛇口のように血を流したノリスは、信じられないような顔をして、俺の方に振り返る。
「不死身の人間への対策は忘れてたんですか?」
「馬鹿言え……俺は、"掃除屋"だぞ?」
「ですね」
その通り、彼は掃除屋なのだ。しかもベテランの。だからこそ俺は勝てると思った。何故なら、掃除屋の仕事は弱い魔物の"掃除"だからだ。
掃除屋は人間と戦う必要がないせいで銃火器に対する対策がとにかく甘く、不死性を持った魔物と戦う機会も少ないので特別な対処はしない事が多い……とは言っても、それは所詮一般論に過ぎないという事を俺は痛感した。ノリスのように喧嘩慣れした掃除屋ならば銃くらい警戒するし、不死身の人間を殺す方法を心得ている事もある。それでも彼が失敗した理由は、やはり性格だった。
「脳味噌をグチャグチャにされても蘇るような高額手術を、六級掃除屋が受けてるなんて思わねぇよ……」
「でも、街がこんなになってるのに生き残ってる人間がマトモな訳ないですよ。もっと緊張して、慎重に考えるべきじゃなかったですか?」
「あぁ? はは、そんなモン、"考える必要"なんかねぇからなぁ……昨日までも、今日も、多分これからも」
「本当に、あなたは優秀な掃除屋だったんですね」
──このノリスという男は責任感が無く、自分本位で、諦めが良い。だからしっかりと相手を観察せず、ただ自分のルーティーンに沿って攻撃して、自己の判断ミスすら気にせず直進する。つまり思考を放棄して戦うのだ。
それは群れる魔物を延々と殺していれば出世できる掃除屋としては非常に"優秀"なメンタリティだが、対人戦には向いていなかった。
「……なぁ、六級掃除屋。テメェこそ、俺が不死身って可能性は考えないのか? よく見ろよ、傷穴が塞がってきてるぜ」
ノリスの言う通り、彼の傷は少しずつ治癒しているようだ。出血も最小限に抑えられている。きっと高額な改造手術を受けているのだろうが……それでも俺がオルステッドに押し付けられた"虫"ほどではない。完全な回復には相当な時間が掛かるだろう。
四級掃除屋のポケットマネー程度では、これくらいの改造手術が限界なのだ。
「もう簡単にトドメを刺せますよ。でも先輩、本当にこんな終わりで良いんですか? そこの女の人と一緒に東部居住区を脱出して、生き延びる気があるなら、別に殺す理由も無いんですけど」
「なんだお前、今更になって殺すのを躊躇してんのか? 軟弱な奴だな」
「俺が質問してるんですけど? 敗者は素直に答えてくださいよ」
「あぁ? 生き延びる気か……ねぇな。もうすぐ一級掃除屋がこの街に来る。そしたら逃げも隠れもできねぇ、絶対に殺される。よしんば何かしらの手段で逃げ延びたとしても、俺は任務を失敗した身だ。監視屋に見つかれば始末されるんだぜ」
やはり彼は諦めていたようだ。この瓦礫の山に骨を埋める気だったのだろう、俺だったらそんなのは絶対に嫌だが。
「迷宮の奥地にでも逃げれば良いじゃないですか。ひっそりと自給自足すれば、寿命まで生きられるかもしれないですよ」
「お前……たしか、人生に希望が無くても生きたいと思うのが人間だ、とか言ってたな」
「普通はそうじゃないんですか?」
俺がそう言うとノリスは血塗れの手で、さりげなく顔を拭う。──まさか今、涙を流したのか? この男は。
「そりゃ違う……みんな、勘違いしてんだ。みんな人生に希望が無くて、でもみんなが生きてて、自分も生きてる。だから希望なんて無くても良いと自己暗示を掛けてるだけだ……俺は嫌だ。楽しい人生を生きたい。暗くて臭い迷宮で、馬鹿みたいに呼吸と糞だけして、老いていくのは嫌だ……」
「じゃあ俺と一緒に来ませんか? 俺は迷宮の外を目指してるんです。退屈はしないと思いますよ」
「迷宮の外だぁ? おとぎ話かよ、気持ちわりぃ。そんなの無理に決まってんだろ……それに俺は、もういいんだ。やるだけやったからな」
ノリスは穴だらけの身体をズルズルと引きずって、自分が踏みつけていた女の傍に近付く。
「キリガ、命令だ……《俺を殺せ》」




