75 生き延びた掃除屋たち
掃除屋の思考回路はとても単純である。魔物を殺して、土地を侵略する、彼らはそれしか考えない。それ以外の思考をする必要も、余裕も無いからだ。
掃除屋は頻繁に命を落とす。その理由は様々で、仲間割れを起こしたり、分不相応な仕事に手を出したり、小さなヘマをして死ぬ事もある。しかしそれは人間ならば仕方の無いことだ。だからこそ掃除屋は人間のように振舞ってはいけない。
掃除屋の多くがゴミのように死ぬのは単にそいつらが人間だったからだ。人間のように思考し、欲を出し、命令に逆らう。そんな奴らは死ぬしかない。結果として、魔物を掃除するマシーンのような者だけが生き残る。故に現役の掃除屋は単純であり、感受性が終わっている事がほとんどだ。……しかし中には、実力と運を兼ね備え、私利私欲の為に突っ走り、命令に背いて仲間を陥れ、好き放題に生きる掃除屋もいる。
──それこそが彼、四級掃除屋のノリスだ。このやさぐれた中年の男は、自分の元上司であるキリガに刻まれた"他人の命令に背けない"という呪刻を利用して、彼女を体のいい玩具のように扱っている正真正銘のゲスだった。
「なぁ、もっと腰に力を込めろよ。テメェそれでも元三級か? おい?」
「……ぐぁっ!」
廃墟と化した街の一角にて、瓦礫の山の上でノリスは王様気分で寛いでいる。彼の尻の下では右腕と左脚が欠損した女が不格好な四つん這いになり、椅子として文字通り踏み付けられていた。
「チッ。大袈裟にプルプル震えやがって、もっと根性見せろよ雌豚」
「ぐ、ぎぁ……殺、す……!」
キリガはあらん限りの憎しみと殺意を放つが彼に逆らう事はできない。……ノリスに支配から逃れる為にキリガは舌を噛んで自害を図ったものの、持ち前の生命力が邪魔をしたせいもあり、ノリスの雑な医療処置によって一命を取り留めてしまったのだ。
「しっかしテメェで遊ぶのも飽きてきたな……はぁ、どうせもうじき中央から一級のクソ野郎が派遣されてくるんだろうなぁ、そしたら全部お終いだ。俺の人生の終着点はここかよ? ……くだらねぇな」
ノリスはノスタルジックな気分に浸りながら、キリガの頭に右足を乗せ、靴裏の汚れをグリグリと拭う。
「テメェはどうだ? これから死ぬって時によ、こんな瓦礫の山で、元部下に足蹴にされて……惨めな人生だと思わないか?」
「貴様と、同じにするな……!」
「そうかい」
ノリスが右足に力を込めると、頭を踏み付けられていたキリガは積み上がった瓦礫と激しくキスをして、土下座のような姿勢を取らされる。しばらくキリガの頭を踏み躙る感触を堪能してから、ノリスはその右足の膝に体重を預けて、また寛ぐ。
「つまんねぇなぁ。いつか屈服させてやりてぇと思ってた女がよぉ、まさか勝手に自滅して、こんなイージーな雌豚に堕ちてるとは思わなかったぜ。……やっぱ人生の目標としてはショボ過ぎたか、まだまだ遊び足りねぇよ。地位も金も女も酒も飯も、そして何より殺し足りねぇ」
「…………ぅ」
「もう口答えもしねぇのか。極上の女だと思ってても、手に入るとこんなに興味が失せるんだな……殺すかぁ」
ノリスは手馴れた仕草で腰の鞘から抜刀する。そして血に染まった赤い刀をキリガの喉元に添えた──その瞬間。
「ッ! あぁ!?」
長年の経験と研ぎ澄まされた生存本能により、ノリスは背後に現れた危険を瞬時に察知した。彼はキリガを踏み付けたまま器用に立ち上がり、一秒も掛からずに振り返って戦闘態勢を取る。
その背後に立っていたのは、冴えない風体の少年だった。
「……この距離まで、俺が気配に気付かなかっただと? テメェ、ガキ! いつから見てやがった!」
少年は鼻先に刀を突きつけられても平然とした態度で、少し困ったような笑みを浮かべてから口を開いた。
「え? いや、たった今ここに飛ばされて来たって言うか……申し訳ないんですけど、ここが何処だか教えてくれませんか? 先輩」
少年は、この荒れた街の現状ではとても生き残れないような、安物の制服に身を包んだ下級の掃除屋だった。




