74 赤熱した鉄の不安
「ちょちょちょ! なーにやってんですかぁ!? この爺は! お兄さんが、消えちゃったじゃないですかぁ!」
静まり返った街道の中心で、スラジが良く響く声で叫び散らす。対してその怒りの対象であるアベルはと言うと、耳の中に指を突っ込んでトボけた顔をしていた。
「うるせぇ雌ガキだな、俺様だってわざと失敗したわけじゃないんだぜ? むしろ被害者みたいなモンだろ」
「なんて面の皮が厚い……! 長生きし過ぎると恥を感じる器官がマヒするんですかね!」
話の通じない老人に背を向けて、スラジは今度はハキリにも詰め寄る。
「どうしようハキリちゃん、お兄さん居なくなっちゃたよ! このままクソ爺に着いて行く意味あるかな? ハキリちゃん、まさか同行するとか言わないよね!?」
「私は……アベルと、一緒に行っても良い」
「な、なんでぇ!?」
「イチは必ず、追いかけて来るから……あの人、見かけよりも執念深いよ」
どこか呆けた顔をしながらも、ハキリは確信に満ちた声色で告げる。困ったスラジは今度はビビりながらもキュウに目を向けた。
「き、キュウさんも何か言ったらどうですか!? 大事な人が、行方不明になったんですよ!」
スラジは正直、メンバーの中でも最も不安定で、暴走しがちなキュウに意見を聞くのは不安であった。だが彼女は意外にも穏やかに微笑みながら、自身の機械甲冑に覆われた左腕を撫でさすっている。
「……何言ってるの? イチ君はここにいるでしょ。確かに喋ったりはしてくれないけど、私は欠片になったイチ君でも愛せる自信があるよ、ね?」
──キュウは自分の左腕に語り掛けている。
「あー、なるほどぉ。このヒトこういう感じかぁ……お兄さんの周りにいる女の子って、やっぱりオカシー子ばっかり?」
「オメェがそれを言うのか。鏡を見りゃ一発で気付きそうなモンだけどな」
「老害は黙って!」
「俺様はまだまだ若者だ」
スラジは狂犬のようにアベルに食って掛かるが、まるで相手にされていない。彼はまた地面に突き立てた剣を握って、座り込む。もう一度ワープを試みるつもりのようだ。
「もうタネが割れちまったんで隠す必要も無いが、俺様は一つだけ魔術が使える。それは地に満ちる魔力で道を作るっていう芸当でな……昔の仲間は転移門って呼んでた。それを使えば、迷宮領域を違法な深度まで潜ることが出来る」
「は? いきなり何を言ってんです? まさかお兄さんを置いて行くつもりですか?」
「待つ理由が無いんでな。転移門はしばらく残るから相乗りしたきゃ勝手にしろ、ただし、追っ手がここに勘づいたら即座に門を閉じる」
アベルは喋り終えると真面目な顔で瞑想に入る。この状態になってしまえば中断はできない、邪魔をすればイチと同じように事故に巻き込まれる可能性があるからだ。
「ぐぐぐ……! 勝手な爺めぇ、元はと言えばあなたの説明不足が原因でしょうが……! 」
「スラ姉は、どうするの?」
覚悟を決めた表情のハキリが、羽毛でスラジの肩を包みながら優しい声色で聞く。するとスラジは少し考えてから、その暗く淀んだ瞳を鋭く尖らせた。
「ハキリちゃんが行くなら、私も行くしかないか。いつもボサっとしてて心配だし……」
「えー! スラジちゃんも行っちゃうの? 残念だなぁ、暇だったら私の身体を改造して欲しかったのに」
空気を読まずに不満を呈するキュウ。少なからずキュウに恐怖しているスラジは額に冷や汗を浮かべながら、穏便に彼女の方へと振り向いた。
「いや、あのですね。改造はホントはお兄さんに止められてますから、この前のやつは特別にナイショで……って、キュウさんは行かないんです?」
「うん!」
キュウがその場で力強く足踏みすると、ヒビ割れたコンクリートが完全に陥没し、足首までが地面に埋まった。
「私、"喋る方のイチ君"が戻ってくるまで一歩も動かないよ! もし戻って来なくても、"イチ君の欠片"はもう私の中にあるから、一緒にここで死ねるもんね!」
「へ、へぇ……恋人の死体でも満足できるタイプの女子なんですね、キュウさんは」
「あはは!なにそれ、 シィちゃんみたいなこと言ってる!」
キュウはケタケタとご機嫌に笑うが──すぐに、人形のように無表情になる。まるで赤熱した鉄を水中に投げ入れたような豹変ぶりだ。
「あれ? シィって、誰だっけ。まぁいいや、きっと二度と会わないだろうしね、えへへへへへ」
「……はあ、じゃあキュウさんはここで門番って事ですね。まぁ貴女はそこらの吸血鬼より強いですから一人でも大丈夫でしょうけど」
「独りなのは慣れてるよ。それに、イチ君は必ず探し出してくれるもん。それまでは……欠片でも我慢できる」
キュウは口角を大きく上げて、悲痛に歪む目元を誤魔化しながら笑う。
「スラジちゃんも気を付けてね? 君が死んじゃったら多分──イチ君が、悲しむから」
「……わ、わっかりましたぁ」
キュウが最後の一言を吐き出した瞬間、辺りの空気が鉄クズのように冷たくなり、スラジは喉の奥から廃油に塗れた吐瀉物がこみ上げるような感覚に襲われた。
顔を真っ青にしながら踵を返したスラジは、先程までの激情が嘘のように大人しく、アベルの横に座るのだった。




