66 母を求めて三人目
「……ふっ。これにて工事完了です」
血と肉片がこびり付いたドリルを鞄にしまって、満面のドヤ顔で言う。彼女の目の前にはじっとりと脂汗を顔に浮かべて、荒い呼吸をするハキリが横たわったままだ。
「そんな風には見えないんだけどな」
「あー、衰弱してるのはアレですよ、なんか戦いの疲れ? 的な奴です。魔剣で刺されたのとは別件で何か魔力を大量に消耗する事をしたみたいですね……それで、お兄さんはなんでこんなバケモノと知り合いなんです?」
「ちょっと前までは"そんな感じ"じゃなかったんだよ。なのにどうして魔女なんかになってるのか、俺だって聞きたい」
「ふぅん。え? はぇ? 魔女? なぁにを言ってるんです?」
スラジがその曇った双眼を大きく見開いて、じっと俺を見詰めてくる。頭のイカれた人間を、遠巻きに眺める時のような軽蔑した視線だ。
「そいつは炎上魔女だ。俺はそもそも、そいつを追うために街中を駆けずり回ってた」
「ぅぅぅん?? いや、ちょっとまず意味を教えて貰っても良いですか? なんでそんな嘘をつくのか」
「いや嘘じゃないって。俺は炎上魔女と知り合いだって言ったろ」
警備屋のモルガと揉めた時に、さらっと話していたはずだが、聞いていなかったのだろうか。
「魔女……魔女ぉ!? えー、これがですか? 思ってたのと違うなぁ……もっとこう、身長が私の二倍くらいあって、髪の毛は地面に擦るほど長くて、全身を人間の血で彩ってる感じの、人語を解さないクリーチャーをイメージしてたんですけど」
気絶してるとはいえ、本人の目の前でなんて事を言うんだこいつは。もしヨシマサが聞いたら激怒するだろう……いや、彼はもう、居ないのだったか。
「お兄さん? なに急に真面目な顔してるんですか? 似合わないですよ。もっと気楽に考えた方が良いですって、馬鹿なんだから」
「気楽? ……そうか、気楽に考えるか。馬鹿なんだしな。うん、ハキリが生きてて良かった。今はそれだけ考えてれば良いな」
「そうですよー。あとお兄さん、早速ですけど起きましたよ、そのハキリさんが」
「もう!? 早いな!?」
スラジの処置が適切過ぎたのだろうか。俺の心の準備が整う前に、ハキリが瞼をゆっくりと開いた。そして透き通るような赤い瞳で辺りを見渡すと、薄い唇を震わせて、第一声を発した。
「……パパ? ママ?」
「「──はぁ?」」
純粋で幼い声。それがハキリから発されたものであると気付くのには、数秒の時間を要した。
「な、なななっ!? お、お兄さん? 私、自分より歳上にママって呼ばれたの初めてですっ! どうしましょう!?」
「落ち着けスラジ。恐らくママっては俺の事だ。そしてパパが、お前だ」
「いや先にそっちが落ち着いてくださいよ。なんで私より狼狽えてるんですか」
これで驚くなという方が酷な話だ。これはまるで以前のハキリではない……あれ? いや、どうだろう。前々からこんな感じだったような気もするな。
「えっと、ハキリ? 取り敢えず何があったのか教えてくれるか?」
「……」
ハキリは翼になった両腕の先端を、俺の背中で寝こけているキュウに向ける。
「キュウ? こいつが、どうしたんだ?」
「…………うぅん」
くしゃりと顔を歪めて、ハキリは小さく首を横に振る。何の意図があるのかさっぱり読めない。
「お、お兄さん! ちょっと交代してくださいよ! 次は私がっ、私が話しますから!」
スラジがその小さな体をグリグリと俺に押し付けて強引に位置を奪い取ってくる。その目は血走っていて明らかに正気ではなかった。
「え、えへへ、お嬢ちゃんはハキリちゃんっていうのぉ? カワイー名前だねぇ? 私の名前はスラジっていうの。マァマって呼んで良いからねぇ……えへっ」
「……スラ姉」
「おほほっ! それでも良いよぉ、いや全然良い! 良い子には飴ちゃんをあげよぉねぇ」
まるで変質者のようなテンションでハキリに躙り寄るスラジ。いや、完全に変質者そのものだ。
「どうしたんだよ、お前……」
「い、いやちょっと、ふへっ! 私、自分の作品にママって呼ばれるのが夢だったんですよぉ、ちょっと想定と違う形ですけどこれはこれで、えひひ……ちなみに二つ目の夢は作品の口から彼氏を紹介される事ですから、いつかフィオナちゃんにお喋り機能がついたらやって貰いますよ絶対」
涎を垂らしながら早口で捲し立てるスラジ。あまりに気色悪いので途中から何を言ってるのか聞いてなかった。まぁ聞かなくても問題ないだろうが。
「ハキリちゃんは何が好きなのかなぁ? お人形遊びは好き? 私は大好き、材料の死体があればどんなお人形でも作ってあげるからねぇ? 何が欲しい?」
「──あれ」
迷いなく、ハキリが俺を指さした。とても嫌な予感がする。
「……ぁ、ああー。あれかぁ、迷うなぁ。お兄さんどうします? フィオナちゃんの夫か、ハキリちゃんのお人形か、どっちになりたいです?」
「落ち着け。そしてお前はしばらくハキリに近付くな」
「は? なんですか保護者気取りですか? ハキリちゃんがこんなになるまで放っておいたクセに、今更よくもまぁ父親ヅラが出来ますね?」
訳の分からないマジギレをしながらハキリが詰め寄ってくる。──皮肉にも、その言葉は俺がヨシマサとの別れ際に放ったセリフとそっくりだった。
「保護者気取りはお前も同じだろ。いいからハキリを俺に渡せ、元は俺の仲間だ」
「はー、お兄さんは良いですよねぇ。右手にはフィオナちゃんが絡み付いてて、左手ではキュウさんのお尻を支えてて! なのにまだオンナを求めるんですか!? しかもこんな年端もいかない幼児をッ!!」
「ハキリはお前より歳上だって」
「うるさい! この子は私のだ!!」
「怖ぇよ……」
完全にキマッてしまった眼球をグルグルと回しながら、スラジが唾を飛ばして叫ぶ。元から変な奴だとは思っていたが、更に変になるトリガーを引いてしまったらしい。もう本人が満足するまで好きにさせるしかないか。
「じゃあハキリが怪我しないように守れよ。そいつ、もう魔術は使えないんだろ?」
「……えぇ、そうですね。魔女だろうが何だろうが、身体が大きく欠損した女は魔術を使えません。ハキリちゃんは魔剣で負傷しましたし、何より両腕の翼にだけ魔力が流れてないんです。きっと人間の腕じゃなくなったからですね」
不意に真剣な顔になって、労わるようにハキリの赤い髪を撫でるスラジ……しかし段々とその手つきは激しくなり、ついには大型犬を溺愛するような撫で方になった。
「よーしよしよし、良い子でちゅねー! 安心してね、とーっても強くて頼もしいスラジお姉ちゃんが守ってあげるから!」
「……わかった」
コクリと、素直にハキリが頷く。──意外とスラジに懐いているのか?
「かーわーいーいー! なぁんでこんな美人なの!? この子はっ! 母親の遺伝子かなぁ!?」
「あっ、おい!」
ハキリに母親の話は禁句だ。また以前のように精神が不安定になったらマズイ。
「ぅ? うん……ママ。私の、ママ。どこかに行ってしまったの」
「あー違う違うよハキリちゃん! ママはね、私! ここに居るでしょうが!」
「スラ姉は、お姉ちゃんだから……」
「な、ならイチさんは! あの人は包容力あるからお母さん向きだよ! そ、それにキュウちゃんも何だかんだで面倒見は良さそうだし! ほら、母親候補がたくさん! 寂しくないねぇ?」
スラジは普段の声質からは考えられない渾身の猫なで声を絞り出しながらハキリのご機嫌を取ろうとする。しかも何だかんだで、ハキリの精神を安定させている。思ったより相性は良いのかもしれない。
「おいでぇハキリちゃん、お姉ちゃんが面白い話をしてあげる! これは外縁居住区で私に喧嘩を売ってきたカス野郎をぶち殺して"作品"にしてやった時の話なんだけどねぇ」
相性は、良い……良いのだろうか。少し過激すぎるような気もするが、ボケっとしている事が多いハキリには刺激が必要なのかもしれない。




