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42 少女との別れ

 

 巻き起こる血飛沫の嵐、飛沫する大量の人体部位、破損した武器の破片が弾丸のように飛び散る。そんな地獄絵図の中心にいるのは、異質なほど綺麗な格好をした男女、オルステッドとメトゥの群れだ。オルステッドは肉体が血に汚れるよりも早く欠損と再生を繰り返し、メトゥは一撃の元に殺されながらも、復活と増殖を繰り返す。辺り一面を血の海に変えながらも、彼らの体は元のように清潔なままだった。

 唯一それを眺めている俺だけが、頭からバケツで被ったように血に塗れていた。……いや、他にも居るな。


「なぁキミ。この勝負、どちらが勝つと思う? ボクは断然、ボクに賭けるよ」

「今のところ、死んだ回数はボクが百六十九回、紳士的な彼が四十四回……回数では負けているけど、疲弊しているのは向こうだね? だからボクは、ボクに賭けようかな」

「ひひっ、それならボクは大穴狙いで、ボクに賭けるとするよ。む、おや? 大穴ってそれで良いんだっけ」


 俺を背中から抱くように拘束した三人のメトゥが、それぞれ好き勝手な事を話す。こいつらのせいで俺は戦いから目を逸らす事も、飛んでくる血潮を躱す事も出来ない。……勿論、一人で逃げ出す事も。


「はははっ! ふはっ、くははっ! こんなにも不毛な戦いは初めてです! このままではニナ様の御命令を果たせそうにありません! これは不味い、オルステッド最大のピンチ!」


 メトゥを無視した俺の視界に映るのは、息を切らしながらも高笑いを止めないオルステッドの姿だ。口先では悲観的になりながらも戦う手だけは緩めず、未だに俺が助かる道を模索し続けてくれている。それが例えニナの命令だろうと、今の俺には頼もしくて仕方がない。


「なぁイチ(・・)? キミは? まただんまりかい?」

「そうだよイチ、無視は礼儀に反するってものさ」

「ねぇイチ、イチったら! 暇だろう? ボクと話そう?」


 メトゥが当然の権利のように俺の名を呼ぶ。彼女には名前を教えていない。きっと、オルステッドが言っていたのを盗み聞きしたのだろう。


「黙ってろ……俺は、オルステッドに賭ける」


「え? なんだって? オルス……? それ誰だっけ?」

「ボクの名前をまだ覚えてないんじゃないかな。ボクはメトゥだよ、ほら、言ってごらん?」

「イチ! ボクと喋ろう! ね? 聞いてるかい? この前、ゴミ山の中に面白い物が転がってたんだ! ね、聞きたいだろ?」


 反発する意図を込めて言ったのだが、どうやら彼女らには何を話しても喧しさが増すだけのようだ。……とにかく不気味だ。この三人、急激に複製したせいか性格が微妙に異なっている。それとも俺が気付かなかっただけで、今までのメトゥもそれぞれ違ったのだろうか。

 有り得る話だ。なにせこれまでのメトゥ達は全て、別の個体だったのだから。


「あー! またボクが殺された! しかも連続で五人も!」

「人間相手にここまで手こずるのは初めてかもしれないね。おかしいなぁ、ボクの基本性能って戦闘屋に匹敵するはずじゃ?」

「たしか、どこかの四級戦闘屋をモチーフに改造された覚えがあるけれど……誰だったか。うぅん、優しい女の人だったような気がするなぁ」


 メトゥ達は好き勝手に喋りながら俺の体で遊び始める。一人は俺の髪の中に指を突っ込み、一人は俺の背中を引っ掻き、一人は俺の首筋に鼻先を擦り付けた。──そして三人とも、程なくして苦しげな咳を始めた。


「げほっ、げほっ……ぅぐ、もう時間かい……? 嫌だ、嫌だなぁ、まだ死にたくないよ」

「複製のペースが早まると、個体ごとの寿命(・・)が縮むんだったか……あぁ、指が劣化して崩れていくよ。痛いなぁ、呼吸も……っ、えほっ、ぜひっ、ひっ……し、しにくいね」

「ねぇイチ? ごほっ、最期に一度だけ、ボクの名前を呼んで? けふっ、聞いてるかい? ご、後生だから……お願いだよ、一度で良いんだ……ぃ、痛いよ、苦し……」


 メトゥ達は咳と共に血塊を吐きながら、力無く倒れていく。その瞳には、もはや光は宿っていなかった。彼女らの劣化が通常より早いのは、恐らくオルステッドと戦って"数分以内に死ぬ"のを前提に造られたからだ。ただ戦うために生まれ、そして死ぬ。それを勝つまで繰り返す。何とも陰湿で、厄介な戦法だ。

 死にゆく彼女らには、何の感情も無い。どうせまた直ぐに次のメトゥが補充されるのだ。


「……?」


 そう思っていたのだが、不思議な事に、次のメトゥが来ない。──すると視界の外でオルステッドの声が更に大きくなった。目を向けると彼は積み上がったメトゥの死体の上で手を掲げ、肩を激しく上下させて笑っていた。


「ふははははははっ! やりました、遂にやりましたぞ! 見事この忌々しい小娘を、全滅させてやりました! 流石はオルステッド! この忠義者めっ!」


「……やった、のか?」


「何を言いますイチ様! 現にこうして、生きている用務員の姿は一人も見当たらないではないですか! 恐らく一日に使える残機が枯渇したのでしょう! そう、この世に無限のリソースなどありはしないのです! どんな高価な改造でも機能に上限が設けられているのは当然の摂理!」


 いつも以上にハイテンションなオルステッドが、ウキウキとした様子で死体の山を下り、俺の手を取る。


「さぁ帰りましょう! ニナ様の元へ!」


「あぁ。いや、ニナの所には行かないけど……本当にこれで終わりなのか?」


「む? 何を気にしているのです。事の真偽はどうあれ、我々は逃げられるのですよ? ささ、急いで!」


 オルステッドの言う通りだ。理由は何であれ、逃げられるのならそれで良い。

 俺はオルステッドに導かれるままメトゥの死体を踏み越えて……ふと、振り返る。遠くには、先程まで俺に絡んでいた三人のメトゥの死体があった。──どうせなら名前くらい呼んでやっても良かったかもしれない。


「……メトゥ」


「はて? それは誰の事です? イチ様の新しいお仲間ですか?」


「いや、何でもない。もう関係ない奴だから」


 そうだ。もう二度と、会うことも無いだろうから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「やった、のか…?」とか言って倒せてるパターン見たことないなぁ。 メトゥが何を考えているのか気になりますね。
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