41 不死の怪人vs不滅の怪物
──銀色の軌跡が二度、三度と光る。メトゥが両手に握った芸術品のような剣を出鱈目に振り回したのだ。オルステッドはそれを間一髪で回避しながら余裕綽々に笑う。
「ははァ! なんという残念な太刀筋! そんな攻撃が当たるとお思いか!このオルステッド、心の底から拍子抜け! に御座いますがァ!?」
「そうかい? なら、こんなのはどうかな?」
メトゥが自分のスカートに手を突っ込んで、中から身の丈ほどもある大剣を抜き出した。その大きさにも関わらず軽々とした動作で振るわれた大剣は、オルステッドの下半身をバッサリと切断する。
「ぬはぁッ! なんと次元収納とは! 高価な技術を取り入れておいでだ! これは不覚も不覚!!」
オルステッドは痛みを訴える事すらなく、むしろ即座に再生させた足を見せ付けるように強烈な後ろ回し蹴りを繰り出し、メトゥの首から上をふっ飛ばした。
しかも再生したばかりの下半身には既に紳士的な衣服まで纏っている。一体全体どういう技術なんだか。
「楽しそうだね。もしやキミもボクに興味があるのかい? そう焦らずとも語り明かす時間は無限にあるよ」
俺とオルステッドの両方が意識していなかった死角から、いつの間にか復活したメトゥが飛び出して来た。
その手に握られた煌びやかな短剣がオルステッドの首の脊椎に突き立てられるが、オルステッドは半ば切断されかけた喉を震わせて笑った。
「ふはっ! 話の通じないお方だ! しかも粘着質! 嫌な相手に気に入られましたな、イチ様!」
メトゥの左胸にオルステッドの五指が突き刺され、ねっとりとした動作で心臓を引き抜いた。それとほぼ同じタイミングで新しいメトゥが視界の外から出現し、装飾過多なデザインの刀で、オルステッドの落ち掛けた首を完全に切断せしめる。
「ぐぬぅ! なんとも面倒な手合い! 一体どれだけ殺せば終わるのか検討も付きませぬ!」
生首の状態でも叫びながらオルステッドは一瞬にして全身の治癒を終わらせる。
傍から見物している俺に言わせればどっちもどっちだが、やはり不死性で言えばメトゥに分があるようだ。
復活できる回数に限度があるらしいオルステッドとは違い、メトゥは一切の防御も回避も考えず、無限に再生して特攻を仕掛けている。それによって完全に実力が上位のオルステッドにも手傷を与えているのだ。
「ふむ、このままでは私が先に消耗しきってしまいますな。これは困りました。運良く恋のライバルを口減らし出来たとは言え、本命が死んでしまっては元も子もない。これは早急にどうにかして逃げる算段をば……」
実際に戦っているオルステッドは既にメトゥの面倒臭さを理解しているようで、もはや諦めムードとなっている。だがもし仮に、ここで逃走行動に全力を注いだとして、俺たちは逃げ切れるのだろうか。
ゴミ処理場はメトゥのホームだ。そして多くの怪物が潜む魔窟でもある。
どう考えても足手まといの俺を引き摺った状態で打開できる環境ではない。彼にはなんとかして勝ってもらわなければ困るのだ。
「諦めるなオルステッド! そいつは痛みに弱い! それに死の感覚にも恐怖心がある筈だ! 本人がそう言ってた!」
「なんですと? イチ様、そのような話は早く仰って頂かないと。では拷問コースですな。出来る限り痛みを伴う方法で殺害致します」
オルステッドはコキコキと首を鳴らして身体の調子を確認すると目にも止まらぬ速度で飛び出し、メトゥの四肢を一瞬でちぎり取った。これは上手い。これならメトゥが失血死する前に拷問を加える事ができる。
「ぃぎぃっ!? な、何をするんだ! 女の子をこんなあられも無い状態にしてっ! 責任は取れるのかい!?」
捕らえられたメトゥは喧しく喚き散らすと、その良く回る舌を──躊躇なく噛みちぎった。
「なぁっ!?」
「なんですと!?」
「隙だらけだよ?」
驚く俺とオルステッドをよそに、間髪入れず復活したメトゥが今度は無骨な斧を用いてオルステッドの左腕を切り落とした。
オルステッドは俺の方に抗議するような目線を向けて、唾を飛ばして叫ぶ。
「──嘘じゃないですか!」
「知るか! 俺だって同じこと言いたい!」
俺はオルステッドから目線を逸らしてメトゥの方を見やる。すると彼女は、目を合わせた事を後悔するほどに陰湿な笑みを浮かべていた。
「意外かい? 確かに死とは苦しく、慣れもしないものだが……覚悟さえあれば耐えられない訳でもないのさ。それにボクは尽くす女なんだ。愛の為なら命の一つや二つ、簡単に捨てられるとも」
「愛だって? 勘違いも甚だしいな。お前のはエゴだろ」
「それは何か違うのかな? キミに説明できるのかい?」
面倒な状況で、面倒な奴が、また面倒なことを言い始めた。俺が辟易している横では、オルステッドが更に面倒そうな顔をして、四肢を失くしたメトゥの死体を放り捨てている。
そして、次の瞬間。彼の金色の瞳が動揺したように震えた。
「っ! イチ様、どうやら我々は、彼女の事をまだ理解していないように思うのですが」
「は? お前、今更なにを言ってるんだ?」
「申し上げにくいのですが、そこの舌を噛んで自害した死体……どうやらまだ息が御座います」
「はぁぁ??」
オルステッドが汚いものを見るような態度で、四肢のない死体を指さす。そこにはビクビクと危険な痙攣を繰り返し、血の泡を吐きながら苦しげに眼球を見開くメトゥの姿があった。
まさか。と思った。しかしどう見ても、あれは死体じゃない。瀕死とはいえまだ生きているのだ。つまり……前の肉体が完全に"死んでいない"のに次のメトゥが出現した?
「あぁ。それかい? 気にする事はない、ただの便利機能だとも」
苦痛に悶えるもう一人の自分を見下ろして、メトゥが冷めた口調で話す。
「便利……?」
「そうさ。例えばほら、舌を噛むと人が死ぬのは有名な話だろう? 同じように、手首を傷付けたり、心臓が止まったりだとか……しかしね、いくらそれが致命的だからと言っても即死する訳じゃない。心臓が止まってから完全に脳が停止するまでは僅かにタイムラグがあるし、それまで復活できないのは不便だろう? だからボクの"数分以内の死亡"を察知したら、自動的に次のボクが出現するようになっているのさ」
メトゥの説明を聞いて確信する。やはり彼女の身体は本物じゃない。どこかに肉体の複製を担っている本体があるのだ。
問題はそれが分かったところで何の解決にもならない事だ。彼女の本体を見つけ出して叩くなど、逃げるよりもよっぽど難易度が高いのだから。
「なるほど、では致し方ありませんな。やはり逃亡コースで参りましょう。これは少々……いえ、かなり難しい事ではありますが、用務員殿がどう足掻こうと自害できないように拘束を試みます」
「ふぅん? ボクは別に構わないけれど、そんな事をして意味があるのかな?」
「む? それは一体どういう……」
再生した左手を口元に当てて訝しげに顔を顰めるオルステッド。その背中に、太い突撃槍が突き刺さる。
「──っ、ぐはぁ!? こ、これは……なんと!」
背骨をすり潰すように粉砕され、内臓と血液を派手に撒き散らしながら、オルステッドは背後を振り向く……そこには突撃槍を抱えるように持ったもう一人のメトゥが居た。
「キミはボクを殺しすぎた。それも簡単にね。余りにも殺されるものだから学習してしまったよ。キミと戦えば、ボクは"瞬殺される"とね」
「……まさか」
異様な惨状をただ眺めていた俺の口から、勝手に声が漏れる。安全圏から俯瞰的に見ていただけだからこそ、いち早く気付いてしまった。この絶望的な状況に。
「そのまさかだとも。そこの金髪執事くんは既にボクの死因そのものだ。彼の前に立つだけで、ボクの死は確定する。これから数分以内に死ぬであろうボクの穴を埋める為に次の、そのまた次の、更にその次のボクがここに来る。こうなってしまったら"詰み"だね。ゴミ処理場の用務員の本領発揮さ」
「──く、くははっ! 無数に増殖し、無限に再生する個人ですか……これは厄介。このオルステッドともあろう者が、凄まじい後悔の念に駆られております。ゴミ処理場がトラウマになりそうな程に! あぁ、どうしてこんな場所に来てしまったのか!」
いつものように調子付いた笑みを浮かべるオルステッドだが、その表情は硬い。額には小さく汗まで浮かべている。そうこうしている間にもメトゥの複製は次々と出現する。これだけ人数が居るのに、その全てが何処から出てきたのか見当もつかない。
そして、死角からいつの間にか姿を現すからこそ、こちらの危機的実感が働くよりも前に包囲網が完成する。メトゥの数が二十を超えたあたりで、俺たちはやっと囲まれている事に気付いた。
「ふひひっ……さて、物量に任せた侵略行為を開始するよ。永住の覚悟は出来たかな?」




