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32 水面下の炎

 

 長い大理石の廊下に真っ直ぐに敷かれた赤いビロードのカーペット。それを革靴で踏み付けてズカズカと歩く男が居た。

 血のように赤いコートに袖を通し、腰に無骨な刀を差した中年の男だ。その胸元に着いた金色のバッヂに施された刀剣の意匠は、彼が高い実力を持つ戦闘屋である事を示していた。

 彼は今日、多数の戦闘屋が招集される緊急会議に呼ばれている。既に十分遅刻(・・・・)だった。


 会議を開いているのは"討滅会"という組織であり、それは多くの戦闘屋が所属する公的な組織だ。仕事(戦闘)の成果に応じて金を払い、強さに応じて地位と階級を授けてくれる、戦闘屋にとっての生命線。つまりは、掃除屋にとっての清掃会と同じようなものだ。

 そして今回の会議には、討滅会"東部支部"の代表たちが集められている。


「──よう、お前ら全員揃ってるか?」


 中年の男が会議室の扉を開け放ち、大きな声を響かせた。その高慢な態度からして相応の地位にある人物なのだろう。

 彼に対して、円形の机を囲んだ数人のうち最も若い一人が椅子から立ち上がり、真剣な顔で口を開く。


「副支部長代理。第六部隊の代表がまだです」


「そうか、まぁどうせ下っ端の代表だ。会議に支障は無いだろう。今回の標的はそこそこ厄介だから第四と第五が主立(おもだ)って制圧する事になってるしな」


 討滅会に所属する戦闘屋たちは、それぞれの階級に対応した六つの部隊に分けられる。つまり第六部隊の構成員たちは全てが六級の戦闘屋という事だ。

 その代表が欠席という事は、東部居住区に存在する殆どの六級戦闘屋が作戦に不参加という事になるが、副支部長代理と呼ばれた中年の顔には何ら焦りは無い。


「なぁ、おい。今回の会議に招集されたのは、東部支部の第四部隊から第六部隊の代表とその側近だったよな? ……なのにどうして制服も着てねぇ薄汚れた貧乏人が席に着いてんだ?」


 中年はそう言って、苛立たしそうに円卓を囲む数人の男を見回した。それに対しても若い男は怯むことなく声を上げる。


「はい、彼らは今回の作戦の為に雇った外部の戦闘屋たちの代表です。フリーランスの戦闘屋が八名、民間企業の戦闘屋が三十五名、作戦に参加する事になっています。何れも五級以上の実力者たちです」


「五級が実力者だって? 馬鹿言えよ、下から数えて二番目だろ。今回の"炎上魔女"事件で既に何人の五級戦闘屋が死んだ?」


「副支部長代理。お言葉ですが、今回の標的はたかが一人の人間であり、本来ならば我々戦闘屋の相手にもならない小物です。その程度の問題を討滅会東部支部にまで持ち込んだ以上、対処に失敗した民間の戦闘屋には責任を取らせる必要があります。実力の是非は問うていません。彼らは戦闘屋として戦うべきなのです」


 そう熱く語る男の言葉に、中年は眉をひそめて薄い顎髭を弄る。


「そうか、そうか。それで? この俺に向かって戦闘屋の何たるかを語る若造は、どこの誰だってんだ?」


「はい、副支部長代理。私は第四部隊代表のルークス・サングエと申します」


「その副支部長代理ってのを止めろ! 俺の名前はライガンだ! "副"でも"代理"でもねぇ!」


 中年の男、ライガンは感情を荒らげて机を殴り付ける。上質な木製の机は音を立てて崩れ落ちた。それを見てもルークスは眉ひとつ動かさない。


「……クソが。若造が生意気に、苗字(・・)まで持ってんのかよ。親にどれだけの金を積まれた?」


「五千万ゴルですが」


「カーッ! すげぇ親だな! 俺なんて産まれた時は名前が二文字(・・・)しかなくてよぉ! こうやって出世してから、中央居住区の審議会に一千万ゴルも払ってライガンに改名したんだぜ? 羨ましいなぁオイ!? 親に大層な名前を貰える奴はよぉ!」


「親の七光りがご不満なのでしたら、私が出世した暁には審議会に自費でミドルネームも申請しましょう。前々からこの名前だけでは地味だと考えていたのです」


 ルークスのその言葉に、思わずライガンは声を詰まらせて、ついにはワナワナと震え出した。

 無理もない話だ。居住区において名前とは、その人間を最も大きく見せる勲章なのだ。名前で負けるというのは人間としての価値による敗北を示す。その屈辱は計り知れない。


 居住区では命名に際して厳重なルールがある。まず人間に四文字以上(・・・・・)の名前を付ける場合は、中央居住区にある審議会に税金を払う必要があるのだ。

 この金額は名前の長さによって変動し、四文字ならば一千万ゴル、五文字ならば二千万ゴルという具合に、一文字につき一千万ずつ増えていく。更に、ここに苗字やミドルネームを追加する場合は別途料金として三千万ゴルが必要となる。

 因みに、六級掃除屋の平均年収が五十万ゴルほど。六級戦闘屋の平均年収が九十万ゴルほどである。


「チッ……今の第四部隊はクソ胸糞悪い糞ガキが仕切ってるって事は良く分かったぜ。テメェ、戦闘の時は先陣切って戦えよ」


「当然です。炎上魔女には知り合いを何人か殺されていますから、仇は取るつもりです」


「頼もしい事だな。もう勝手にしやがれ」


 不貞腐れたようにライガンが会議室の面々に背を向けて、出口へと向かった。ルークスが咎めるように声を上げる。


「待ってください、まだ会議は終わっていません。私たちは炎上魔女の対処に並行して、近頃になって勢力を増してきた"進化教団"の対処にも追われています。それに警備屋から別件の救援要請がありますし、第七迷宮領域と第二十二迷宮領域にも強力な魔物が出没したとの目撃情報が……聞いてるんですか!? 副支部長代理!」


 結局、ルークスの懸命な呼び掛けにライガンが答えることはなく、会議室には重苦しい沈黙だけが残った。


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