31 永遠の少女
ゴミ処理場の用務員を名乗る女に連れられて俺は錆びた鉄製の螺旋階段に案内された。彼女は俺の手を引いて、軽やかな足取りでカツカツと階段を降りる。
「これは、何処まで行くんだ?」
「焼却炉の下までさ。どんなに強力な熱で処理しても、燃えカスは残るものだろう? 日に一度はそれを取り除かなくちゃいけない」
「……危険は無いんだよな?」
「ひひひっ! やだなぁキミ、この施設が一体どれだけ異常な物を処理してると思っているんだい? 灰になっても危険度は据え置きだとも」
不穏なことを言いながらも、彼女は軽薄な態度を崩さない。この仕事にはもう慣れっこのようだった。
「居住区は危険だから外に出るなって言ったくせに、そんな場所を歩かせるのかよ」
「ボクが居るから平気さ。それとも、この道数十年の用務員さんを信じられないのかい?」
「数十年ってお前、どう見たってまだ十代だろ」
「……ひひっ」
何やら気味の悪い笑みを浮かべて、用務員の女が立ち止まる。目の前で急停止した彼女に、図らずして俺は肩をぶつけてしまった。
「おぉっと」
小柄な彼女はそれだけで大きくバランスを崩し、くるりと身体を反転させながら、俺と目を合わせて落下する。彼女の着ている黒いワンピースが、照明の少ない螺旋階段の闇に消えていき──ぐしゃっ、と嫌な音を響かせた。
「は? お、おい!? 大丈夫か!?」
突然の事態に反応が追い付かないまま、俺は階段を駆け降りる。どうやら彼女はかなり下の方まで落ちていったらしく、すぐには姿が見えてこない。途中からは階段にベッタリと付着した血が目立つようになり……気付けば、俺は最下層にまで着いてしまっていた。
そして最下層の床には、首の骨が前後逆に捻れた女の死体が転がっていた。
「……嘘だろ」
「いやはや、恐ろしいね。なんて惨い死に様なんだ」
俺のすぐ背後から鳥類の囀りのように澄んだ声が聞こえる。振り返るとそこには、死んだと思っていた用務員の女が無傷で立っていた。
いや、無傷どころの話ではない。彼女の身体からは、元からあった皮膚炎や、破れた皮膚が消え去り、泥鼠の体毛のようにバサバサだった長髪は絹糸のように美しく整えられているのだ。
「は? はぁ?」
「やあ、さっきぶり。一つ前のボクが世話になったね」
呑気に挨拶をしている彼女を完全に無視して、俺は死体を確認する。頭頂部から血を流した死体は確かに用務員の女だった。
俺が先程まで話していた相手は、間違いなくこちらの死体の方だと、不健康な深いクマとそばかすが物語っていた。
「どうかな? 自己紹介がてらに死んでみたのだけど、驚いたかい?」
「いや全然」
俺は額に薄く汗を滲ませながら震えた声で答える。率直に言って背筋が凍ったが、こいつの思惑通りになるのだけは嫌だった。
「ひひっ! とても驚いてくれたようで何よりだよ」
「いいや驚いてない。死から蘇る人間なんて他にも知ってるし、本当にちっとも驚かなかった」
「そうかいそうかい。まぁ、これで分かったとは思うけど、ボクは物理的な外傷で滅ぶことは無い。このように精神を完璧に受け継いだボクを創り出すことが出来るんだ」
「便利……な。一つ参考に、いくら払えばそんな能力が手に入るんだ?」
彼女も人間である以上は、産まれた頃は普通であったはずだ。この能力も後天的な改造手術によって手に入れたに違いない。
もしその技術を転用する事ができれば、シィの身体だって元に戻せるかもしれない。彼女がまだ生きていればの話だが。
「強欲だねキミは。既に高価な手術を受けているだろうに」
「寄生虫の事か? こんなの、最悪のデメリット付きだぞ。魔物の死体を生で食えだとか、シィには言えない」
「ふむ? 誰の事を言っているのか知らないけれど、ボクのだって万能じゃないさ。そうそう、キミはボクの年齢がどうだのと言っていたね。それは全くもって的外れな意見だよ。肉体の年齢なんてボクには無いんだ」
そう言って彼女はワンピースの裾を大きくめくる。その下には何も着衣しておらず、隅々まで晒された肉体は瑞々しく健康的で、蠱惑的な肌にはシミ一つなく、きめ細やかな美しい白色がどこまでも続いていた。
「ボクの精神は永遠のものだ。肉体が死のうとも、こうして新しく綺麗な肉体に移し替えられる。けれどその肉体は、凄まじい速度で劣化していくのさ。最低でも日に三度、死んで交換する必要がある」
「……死ぬ?」
「そう。ボクだって本当は嫌なのだけどね。痛みも恐怖も、死の間際に感じる寒々しい喪失感も、全てが嫌なんだ。でもだからこそ適任だよ。この仕事は否が応でも死ねるからね」
そう言っている間にも彼女の肌は少しずつ乾燥を始め、パリパリと亀裂が入る。まるで傷付いた陶磁器のように。
割れ目からはポタポタと血が流れた。しっかりと、生きているのだ。このような状態で。
「そうそう、この能力の値段だったね。生憎とボクは自分の意思でこれを買った訳じゃないから具体的な数字は分からないけれど、その価値なら良く知っている。なにせ今も絶賛ローン返済中だからね」
「それって、まさか」
「うん。この仕事がそうさ。ゴミ処理場の運用を年中無休で四千年分。完済すれば外に出ても良いって言われたけれど、その頃にはボクの記憶も人格も今とは全く別物になっているだろうね」
四千年。それがどれだけ長い年月なのか俺には想像も付かないが、少なくとも人間のちっぽけな人格が腐り落ちるのには十分な時間だろう。それをこんな場所で独りっきりで、しかも一日に三度も自殺しながら過ごすなんて、それこそ死んでもゴメンだ。
「ごめんね。キミを帰そうとしなかったのも、本当はただ話し相手が欲しかっただけなんだ」
「あのな、俺も暇じゃないんだよ。仲間が生きてるかどうか一刻も早く確認したいんだ」
「ええっと、それは本当にごめん。……あの、虫の良い話だけど、後でさ、ほんの少しだけで良いから、ボクに外の話をしてくれないかな? ちょっとだけ。頼むよ」
本当に虫の良い話だった。俺の都合を完璧に無視してこんな場所まで連れてきて、まだまだ解放する気がないなんて。ひどい我儘だ。"この道数十年"とは何だったのか、まるで子供だった。
──いや、それもその筈だ。こんな場所に閉じ込められていても人間は成長なんかしないだろうから。
「じゃあ……少しだけだぞ? この仕事を終わらせて、あの部屋に戻って、そこから少し話すだけだからな」
「そ、そうかい! 助かるよ! あぁそうだ、お返しにボクの知ってる事をもっと教えてあげようか。数は少ないけれど、ここに来た訪問者からは色々な話を聞いているんだ。キミに教えた事件の話だって、前に来た黒服の人達から聞いたんだよ? あ、そうだ、お話の前にまずは仕事を終わらせなければね! そこで見学していると良い、絶対にキミを危険には晒さないとも!」
途端に、彼女は笑顔になり、暗く儚げな雰囲気を醸し出していた唇を大きく開いて饒舌に喋り始めた。
──それからは俺は、とにかく楽しそうにしている彼女に付き合って、ゴミ処理場の仕事を適当に見学したが、そちらの方はあまり印象には残らなかった。
何か特筆すべき点があるとすれば、燃えカスの中から"古の魔王"を名乗る怪物が復活しかけていたが、完全に蘇る前に"用務員さん"にバラバラにされて焼却炉に戻されていた。




