33 千切り契る
「──つまりだね、討滅会のトップは"会長"なんだが、その会長は正体不明で誰も姿を見たことが無いんだ。だから実質的に組織を纏めているのは部長クラスなんだよ。そして本部長は一級戦闘屋の中でも特別に優秀な者が担うんだ。支部長なんかも、その支部で一番強い人物が務めるんだよ」
バサバサの長髪に手を突っ込んで、ささくれ立つた頭皮をむず痒そうに引っ掻きながら、用務員の女が自慢げに話す。
それを俺は悔しくも食い入るように聞いてしまっていた。
「はあ、そうなのか。清掃会にも支部長とかは居たけど、ちょっと雰囲気は違ったな。こっちでは一番やる気がある奴が支部長になってたぞ。支部の皆を指導して、導くようにってさ」
「そこは考え方の違いだろう。魔物を排除して人類生活圏を広げる事を史上の喜びにしている掃除屋と違って、戦闘屋は自分たちの強さにこそ拘りがあるから、上下関係は全て戦闘力で決まるのさ」
「なるほど……そう言えばキュウも強さには異常な執着を持ってたな」
つい感心して、俺は仲間の個人情報すら簡単に漏らしてしまう。それを聞いた彼女は目を輝かせながら身を乗り出して俺に顔を合わせてきた。
「む、誰だい? その人は?」
「……俺のはぐれた仲間の一人だ。まだ話してなかったっけ」
「聞き逃す所だったとも! キミの知り合いで教えて貰ったのは、シィちゃんと、ハキリちゃんと、ヨシマサ君と、クレスティカちゃん。それにニナちゃんと、清掃会東部支部管理課の怖い受付け係さん。それから──」
……綺麗に整えられたベッドの上に二人して座り込んで、俺たちはだらだらと話し続ける。
俺はこの名前も知らない女と既に数時間に渡って雑談をしていた。本当は長居するつもりは無かったのだが、思いのほか彼女の話が面白かった為に退室するタイミングを逃し続けているのだ。
「──と、そういう訳で、キュウとは瀕死の状態で別れたから心配なんだ。あいつは強いけど、自分の身体を大事にしないから」
「なるほどなるほど、改造狂いのキュウちゃんか……信じられない程にイカれた子だね? ボクも会ってみたいよ! ひひっ、キミの話は面白いなぁ! もっともっと話そうじゃないか! 順番からして次はボクの番だね? 何を話そうか……」
「いや。悪いんだけど、そろそろ終わりにしないか?」
「……へ? えっ? もう、終わり? なのかい? そう、か……ボクはまだ、話し足りないのだけどね……し、仕方ないなぁ」
大きく口角を上げたまま彼女の表情が硬直する。ひん剥いた眼球からは、途端に涙がこぼれ落ちた。荒れきったガサガサの肌に小さな雫が吸い込まれていく。
どうやら想像以上にショックだったようだ。
「あ、ひ、ひひっ……もしかすると、ボクとの話は、退屈だったかい?」
「いや、それは楽しかった。けど俺は暇じゃないって言ったろ。今こうしてる間にも仲間が道端で死んでるかもしれないんだ」
「そう、なのか……ねぇ、キミは知り合いが死んだ事はあるかな?」
掠れきった喉から上擦った声を出して、狂気的な瞳を見開いて彼女は言う。
くだらない質問だ。答えは決まっているだろうに。
「何十人の知り合いが死んだか、多すぎて数えた事も無いな」
「そ、そうだろうね。じゃあ、今キミが心配している仲間たちは、いつ死ぬと思う? いつ死んでもおかしくないハズだ。今更、たかが人間の命一つがそんなに大切かな?」
「……何言ってるんだ? お前」
仲間の命は大切に決まっている。たとえ、それが簡単に消えてしまうほど儚いものでも、消える瞬間までは守るべきだ。
「キミの仲間は、身体が不自由なんだろう? 知っているとも。沢山聞いたんだ。絶対に忘れないように記憶に刻んだ。そ、そんな不安定な人間の命を、気にかける必要があるかい?」
「あるよ。アイツらは俺にとって、大切な仲間なんだからな」
「た、大切? そんな事は無いとも。だって所詮は、今まで死んでいった多くの人間と同じ、有り触れた命だろう? 軽い命だ。キミは死んだ知り合いを一度でも弔った事があるのかい?」
「……それは無い。お前の言う通り、俺は死んだ人間の事なんてどうでも良い。だって死んだんだから。でもそれは死にそうな人間を放置する理由にはならないだろ」
俺は掃除屋として多くの仲間が死んでいくのを見てきた。そして知っている。人間にとって最も重要な物は命だ。そして命を失った瞬間に、人間の価値は全て消失する。
"死んでも残る物がある"なんていうのは嘘だ、俺は今まで一度だってそんな物を見た事は無い。死んだ人間は、ただその遺品を漁られ、残った死体を肉の塊として業者に卸される。そこには尊厳も、遺志も、何一つとして残りはしない。
だからこそ何があっても命だけは失ってはならないのだ。
「死ねば、人は無価値なゴミに変わる。既にゴミになった物は諦めるしかないけど、まだ確定してないなら助けに行くべきだろ? 大切だった仲間がゴミになるのは悲しいからな」
「そうかい……ねぇキミ。だったらさ、ボクはどうかな?」
「は?」
俺の両肩を彼女が掴み──押し倒す。狭いベッドの上で二人の人間が重なった。
「あっぶな! お前、急に押すなよ! 端から転げ落ちたらどうするんだ?」
「どうもしないだろう? だってボクは死なないんだよ? キミも、簡単には死ねない身体だ」
「それはそうだけど」
「ねぇ、もう一度聞こうか。ボクはどうかな? ボクは死ねないんだ。とても忌まわしい能力だけど、でもキミの仲間のように面倒な事を気にする必要は無い。これからボクとキミで四千年、ここで暮らすっていうのは考えられないかな?」
「絶対に無いな」
俺は彼女を押し退ける。枯れ枝のように細く、脆い四肢は簡単に跳ね除けることが出来た。こんな体でゴミ処理場を管理しているなんてとても考えられない程に、弱々しい体だった。
「何度も言うけど、俺は仲間が心配なんだ。もうここには居られない」
「ねぇ、駄目だよ、キミ。キミだけなんだ、ボクと同じように不死に近い肉体を持つキミなら、ボクとここで四千年でも、一万年でも、迷宮が無くなるその日まで一緒に暮らせる。ここで永遠に語り合おうじゃないか」
くしゃくしゃになったベッドシーツの上で、狂気的な目をした彼女が手を伸ばしてくる。俺はその手を払い除けて、ただ彼女の目をしっかりと見据えた。
「お前は、俺の事をずっと"キミ"って呼ぶんだな。それは俺の名前を知らないからだろ? お互いに、相手の名前なんてどうでも良い、そういう間柄だろ」
「なんだそんな事。ボクらには永遠の時間があるんだから、これから名前なんていくらでも聞けるさ。そうだろう?」
「いや、俺はお前の名前なんて聞かない、聞く必要が無い。お前との関係はこれで終わりだ。気絶した俺を介抱してくれたのは感謝してる。でもそれは、永遠の時間を誓えるほどじゃないよな」
「このボクから逃げ切るつもりでいるのかい? キミのボロボロの肉体を維持してくれる寄生虫は、"餌"を貰っていないせいで性能が著しく低下しているようだけど?」
彼女は束縛的な感情を隠そうともせず俺の方に躙り寄ってくる。
酷く散漫な動きだ。時間経過で肉体が劣化しているせいで上手く動けないのだろう。
「性能が落ちてるのはお互い様だな?」
「ボクは良いのさ……たった一度死ねば、それで元通りになるのだからね。そうすればまた数時間は活動できる」
「それは知ってるけど、この状況で死なせると思うのか?」
──彼女の大きな瞳が、よりいっそう見開かれた。
何かを察して咄嗟に口を開いて舌の根元を噛みちぎろうとした彼女に、俺はひと足早く飛び掛って口内に指を突っ込んだ。
俺の指に彼女の歯が突き刺さり、ゴリゴリと不快な音を立てる。同時に痺れるような痛みが走った。
「いっ、痛ぁ!? 本気かよ! 自殺に躊躇が無さすぎるだろ!」
「ぎぃっ! くぅ、うぅぅ!」
顎の筋肉を強ばらせて、限界を超えた咬合力を発揮する彼女。たとえ筋繊維が断裂しようとも顎の力を緩めるつもりは無いらしい。
流石に俺も指を噛み切られるのは辛いが、この程度で怯むほど軟弱な生き方はしていない。
俺は咥えられた指ごと彼女の頭をシーツに押し付けて動きを封じてから、何か拘束に使える物は無いかと部屋を見渡す。
「……これで良いや!」
丁度、手が届く棚の上に果物ナイフがあった。本当は縄状の物が欲しかったのだが、選り好みする時間は無い。俺はベッドの上で大暴れする彼女の肩に向けてナイフの切っ先を思いっきり振り下した。
「ぃひっ──ぃぎゃあぁぁぁっ!!」
悲痛な絶叫によって顎の力が緩み、俺の指が解放される。俺は自由になった手で彼女の顎を下から押さえつけて、涙の溜まった瞳と目を合わせて声を上げる。
「悪い! もう一発いくぞ!」
その宣言に、彼女は怯えた顔をして僅かに首を振ったが……俺は容赦無く彼女の肩を刺した。両肩の靭帯や健、軟骨などを雑多に切断する事で、とにかく腕が上がらないようにしたかったのだ。
それから俺は血塗れのナイフでベッドシーツを乱雑に切り裂き、綿布を引き剥がして、痛みにのたうつ彼女の口内に詰め込んだ。これで少なくとも簡単に自殺する事は出来ないはずだ。
「本当は恩人にこんな事したくなかったけどな。俺は行かなきゃいけないんだ」
血塗れになってもがく彼女に向かって、俺は言い訳するように呟いた。
こちらを睨みつける彼女の瞳には強い憎しみと、それ以上の悲哀が篭っていたが、俺は気付かない振りをしてその場を立ち去る。
──背後で、硬い何かが叩き付けられる音がした。
「……は?」
俺は咄嗟に振り向くが、既に手遅れだと気付く。彼女を完全に拘束しなかったのは失敗だった。
彼女はベッドのフレームに向けて、自分の側頭部を振り下ろしていたのだ。
木製のフレームはみるみるうちに血に汚れ、彼女はビクビクと痙攣しながら何度も頭突きを繰り返し……ついには動かなくなった。
「マジかぁ!」
これまでに無い危機を察知して部屋から飛び出す。遠くで巨大な焼却炉にゴミが投入される景色を後目に、俺は死に物狂いで走り出した。
その足に、鋭い痛みが走る。
「あづっ──ぅ、嘘!?」
俺はあまりの痛みに転倒した。見ると、両足の膝裏に細長い剣が刺さっているのだ。こんなもの、一体何処から出てきたと言うのか。
背後から軽い足取りで誰かが近付いてくる。それが誰かなんて、もはや分かり切った事だが。
「あの程度で、ボクを止められると思った?」
「……普通は止まる。こんな事の為に、自殺なんかしないだろ。しかもあんな強引な方法で」
「あの方法はボクも賭けだったがね。死ぬ前に気絶しなくて良かった。即死で良かった。本当にね」
彼女は話しながら、いつの間にか握っていた金色の剣を鞘から抜き放ち──即座に自分の左腕を切り落とした。
「っ。ぐぅ! いたた……ひひっ、血が止まらないや」
「な、何をしてるんだ!?」
「何って、負傷したキミの為に食餌を用意しているんじゃないか。知っているよ、キミの身体を治してくれる寄生虫は、新鮮な餌じゃないと満足しないんだろう?」
──彼女の言わんとしている事を理解して、俺の背筋が冷えて固まる。胃が握り潰されるように裏返り、堪えようのない吐き気にえずく。
「正気じゃないぞ、お前」
絞り出すように恨み言を吐く俺に向かって、彼女はただ慈愛に満ちた笑みを張り付かせて、ゆらゆらと上機嫌に首をもたげた。
その様はあまりに独善的で、心底から愉快そうで、もはや何事も彼女の耳に入っていないようだった。
「ひひひっ。そういえば、長く付き合っていく関係性の構築にはお互いに自己紹介が必要なのだったかな? なら先に名乗らせてもらおうか。ボクの名前は"メトゥ"だ。これから末永く、あぁ、末永く宜しく頼むよ」
そうして一方的に宣言された契りの言葉は、本当に薄気味悪いものだった。




