19 燃え尽きる愛情
煌々とした照明に広く照らされた高層ビルの最上階。目も眩むような装飾に彩られた一室に、二人分の人影があった。
人形のように定められた仕草をする黒服の女性と、それに冷酷な視線を向ける金髪の美少女だ。
「──報告は以上です。引き続きターゲットの監視、調査を遂行します」
何かを話していたらしい黒服の女は要件を伝え終えると、その場から一瞬にして霧のように消え去った。
残された少女はビルの外を眺めて、忌々しげに窓ガラスに手を添える。
「…………はぁ。そう、もう新しい女が出てきたワケね。次々と、後釜狙いのミミズ共が迷宮のドブ底から顔を出して──穢らわしい雌ゴミムシ共。吐き気がする。あまりに腹が立って、どう潰すべきかとても迷うわ」
美しい少女は自身の纏う高級な衣服に手を添えると、嫋やかな手つきではらはらと脱ぎ始める。……そして代わりに、彼女の美貌には到底釣り合わないような、汚らしい泥まみれのジャケットとズボンを手に取った。
──────
工房に戻るとヨシマサはどこかへ出掛けているようだった。
俺は一先ず、いつの間にか気を失っていたクレスティカに応急処置を施したが……余程あの仕打ちが堪えたのだろう、目を覚ました彼女は驚くほど素直な態度に変わっており、ベラベラと魔術の秘密を喋るようになっていた。便利で助かる。
「……つまりね、魔術を使うには魔力の扱いに慣れなければいけないの。だからまずは、魔力を体に集めてから放出する訓練から始めましょう。ある程度の練習期間があれば余程の無能でもない限りは出来るようになるはずよ。ちょっと見ていなさい」
クレスティカの両足が紫色の輝きを放つ。
彼女はその足で、近くに立て掛けられた木材を蹴飛ばした。乾燥した木の繊維が断ち切られ、真っ二つに割れてバラバラに飛び散る。
「魔術っていうのは魔力を特定の形に練り上げる事によって完成するのだけれど、別にただ魔力を放出するだけでも強力な武器になるのよ。中には、これだけを極めた武闘派の魔術屋も居るわ」
「へぇ、それって俺にも出来るのか?」
「フツーに考えると無理ね。男はそもそも魔力を感知する機能が女に比べてゴミみたいに小さいの。アンタのような無能なら尚更よ」
冷たく言い放つクレスティカだが、その言葉を聞いて、シィとキュウが目の色を変えて前へ出てくる。
「私たちは女ッスけど、もしかして訓練次第では魔術を使えるんスか!?」
「魔術を使えるようになればもっとイチ君の役に立てるかな! 耐えるのは得意だから苦しい訓練でも頑張れるよ!」
「あー、アンタらも無理よ。魔術屋は体内を巡る魔力の流れを制御しなきゃいけないの。もし身体のどこか一部に欠損や不自由な場所があったら、そこから魔力が漏れたり、せき止められたりして、一定の形を保つことすら出来ないわ。なにより頭の悪い人間に魔術は使えないしね」
それを聞いた二人はあからさまに落ち込んで、俯いてしまう。
自分たちが論外だという事実をああもハッキリと突き付けられるのはショックだろう。俺も全く同じ気持ちだ。
「とにかく、まずは自分の中の魔力を感じる訓練から始めるべきね。どんな人間にも魔力は備わっているものよ。もし量が足りなくても後天的に魔力を増やす薬物や、機械なんかで補助すれば良いだけ。だからまずはコントロールを覚えなさい」
「……お前、魔術のことに関しては真面目なんだな。クズのくせに」
「掃除屋のカスと違って自分の仕事に誇りを持っているだけよ」
「誇りを持った結果があのコソ泥かよ」
お互いにそんな軽口を叩きながら、俺たちがふとハキリの方に視線を向けると──そこには、紅蓮に輝く光の奔流があった。
まるで風に乗って陽炎が集まるように、ハキリの手元には紅く眩い光が蓄えられていく。そして煌めく火種のような魔力の塊が形成された。
「できた」
ハキリが満足気に拳を握りしめる。指の隙間からは淡い焔が漏れ出して、彼女の身体全体を照らすように覆った。
「は、はははっ! 凄いな、これが魔術の基礎か?」
「違うに決まってるでしょ! こんなの有り得ないわ! いくら何でもいきなりこんな……! まさか遺伝? アンタの親、実は魔術屋なんじゃないの?」
「私の、親? 父さんと、母さん……?」
──なんだ? ハキリの様子がおかしい。
彼女は手の中にある光を呼吸すら忘れてじっと見詰めている。その頬を、何粒もの涙が伝った。
「母さん……ママ、ママ? 何処にいるの? いつも私を照らす。光、焔……暖かい」
ハキリを包み込む魔力が少しずつ大きくなっている。彼女の服が、音を立てて燃え始めた。それでも構わずハキリは魔力を高めていく。もはや本人に制御できているのかも怪しかった。
「おいハキリ、しっかりしろ! どうしたんだ、まさか魔術の副作用とかじゃないだろうな?」
「知らないわよ! 私のせいにする気!? あぁもう、なんでアンタの周りに居る女ってどいつもこいつもイカレてんのよ!」
聞き捨てならないセリフを叫びながらクレスティカは胸元から魔植物の種を取り出す。その種に紫色の魔力が流し込まれると、みるみるうちに芽を出してハキリの体に巻き付いた。
「ふん、それは魔力を吸って成長する魔植物よ。結構高価な物だけれど、たかが小娘の魔力くらい一瞬で吸い尽くして気絶させるわ」
「そりゃ頼もしい……けど、なんか蔦が燃えてないか?」
「うっそぉ!?」
クレスティカは目を見開いて絶叫する。
その様から察するに、秘策は破られたのだろう。この女が土壇場では無能なのは以前の対決でも既に証明されている事だった。
「キュウ、近くに水はあるか!?」
「オイルタンクなら……!」
「バカ言え!」
ダメだ。この場には頼れる奴がいない。
こうしている間にもハキリを燃やす焔は強くなっている……もはや迷っている暇は無かった。
「うぉ、おおおっ!!」
「わーっ!? センパイが行ったッス! マジっスか!?」
俺は自分の服を脱ぎ、それをハキリの背中から被せて抱きついた。掃除屋の作業着は防刃、撥水、防火が基本性能だ。多少の炎には負けない。
それに、いくら魔術だと言っても酸素もなく燃え続ける火など存在しない。上から覆えば勢いも弱まるはずだ。
「熱っ!? 痛だだだだッ!」
「あーっ! バカ!! 魔術の火は自然の現象とは無関係なのよ! 別の魔術か、もしくは大量の水でしか消えないわ!」
「それを早く言えよ!」
俺の決死の行動は全くの無駄だったらしい。
これなら素直にバケツを探した方が良かった……と、思ったその時だ。ハキリの体から、俺の体に焔が燃え移る。
「うぎゃあ! あっづ! ──く、ない!?」
不思議なことに俺に移った焔は熱を発することなく、ただキラキラと輝いて身体を覆うだけだ。
それは決して苦痛を感じるものや、不快なものではなく、むしろ暖かな優しさと熱烈な高揚感を感じるものだった。
「──ぁ、ママ…………」
全ての焔が移りきるのと同時に、皮膚に火傷を負ったハキリが気絶する。
咄嗟に受け止めた彼女の体からは、くたりと力が抜け、浅い呼吸を不定期に繰り返すのみだった。
「はぁ。やっちまったか」
呆然とする俺たちの背後から聞き馴染んだ男の声が聞こえる。
振り返ると、一階へ続く階段の上から、訳知り顔のヨシマサが呑気に頭を搔きながら降りて来ていた。




