18 皆と騒ぐ
俺たち四人は、とあるオンボロ集合住宅の前にたどり着いていた。
いくつも並んだ部屋の扉の中には一つだけベニヤ板で修復された扉がある。俺はキュウに指示を出して、それを思いっきり蹴り飛ばさせた。
派手な音を立ててキュウの靴底が扉を貫通し、木材がバラバラに砕け散る。俺は勢いに任せて部屋に飛び込むと威圧的に叫んだ。
「魔女は居るか?」
「きゃあっ!? えっなになに!?」
部屋の中では、紫色の髪をした妖しい雰囲気の女性が床に座り込んでスナック菓子を貪っていた。
彼女こそ、今俺が最も知恵を借りたい人物、六級魔術屋のクレスティカだ。
「数日ぶりだな底辺魔術屋」
「アンタまた来たの!? 私に何の用よ!」
「頼みがあるんだ。こいつに魔術を教えてやって欲しい」
俺は後ろで棒立ちしているハキリの背中を押し出して紹介する。クレスティカは呆然とした表情で首を傾げた。
「……え? えぇっと、なにを言っているのかしら? 私の聞き間違い? その子に、何を教えるって?」
「魔術を教えろ」
「はぁ!? ふ、ふざけないでよ! 私が魔術を覚えるのにどれだけの金と時間を掛けたと思って……! 貧乏人の素人が今すぐ覚えられるもんじゃないのよ! そもそも私が教えると思うの!? 絶対にゴメンだわ!」
段々と状況を理解してきたクレスティカが本来の偉そうな態度に戻って、叫びながら俺を睨みつける。
「よしキュウ、こいつの口を割れ」
「うん! ……えっと、口を割るってなに? 顎を砕けば良いの?」
「そういう意味じゃないけど、最悪それでも可だ」
「待って待って馬鹿じゃないの!? わ、分かったわ! 一旦落ち着いて話しましょう? だから早くそのバケモノを下がらせて!」
さしもの魔女もキュウの圧倒的な暴力には適わないようで、すぐに青ざめた顔で必死の命乞いをする。雑魚め。
この様子ならば彼女は協力してくれるだろう。俺は改めてクレスティカに事情を説明する事にした。
「──という訳で、こいつの得意分野を探しているんだ。簡単なやつで良いから魔術を教えてみてくれ」
「そう言われてもね、魔術ってのも色々あるのよ? むしろ色々ありすぎて私も詳しくは知らないわ。私は偶然、雷撃と栄養素の魔術に才能があったけど、逆に言えば詳しいのはそれだけだし」
……なんだ、少し期待外れだな。以前はあんなに大口を叩いていた癖に、まさかたった二種類の魔術しか知らなかったとは。
思ったよりもクレスティカは程度の低い魔術屋だったらしい。
「しょぼいなぁ。何だよ、栄養素の魔術って」
「アンタらが一番苦戦してたやつでしょ。覚えてないの? 魔植物の種に栄養を与えて、急速成長させたやつ」
あのバイクを使用不能にして俺を拘束した魔術か。植物を生やす魔術だと思っていたが、育てる魔術だったとは。
「この魔術は汎用性高いわよ? 人間に使用すれば常にベストコンディションを維持できるだけでなく、数日間は食事をしなくても生命活動を続けられるわ。他にも体内の栄養バランスを弄って生理的な機能を増強できるのよ」
「そりゃ凄いな」
「でしょう? だから私はこの魔術を活用しようと思って、六級戦闘屋どもを用心棒として雇い、そいつらに魔術改造を施してあげたの。あの時はみんな喜んでくれたわね……それを、その機械娘がバラバラにしてくれたのよ!」
「えぇぇ私!? そんな事してないよ! 言いがかりだぁ! イチ君助けて!」
唐突に因縁を付けられたキュウが慌てて俺に縋り付いてくるが、残念な事に言いがかりではない。確かに彼女はやってしまったのだ。
しかしだ。キュウの脳は改造の影響で注意力も記憶力もボロボロに崩れているのだから、自覚が無いのも仕方ない。責任を追求するのは酷だろう。
それに最初からこいつに謝る必要などは無いのだ。
「そもそもの原因は俺らの金を持ち去ったお前が悪いんだ、自己責任だろ? もう死んだ人間の事でゴチャゴチャ抜かすな」
「は? いやいやまだ死んでないわよ。何人か再起不能の奴も居るけど、みんな生きてるわ」
「なんだと? その再起不能の奴らはどうしたんだ?」
「知らないわよ、もう契約切っちゃったし。次はもっと金を積んで強い用心棒を雇うつもり」
非情な奴だ、仮にも仲間だった奴らだろうに。
だがこれで、次の作業がやりやすくなったな。
「よしキュウ、その魔女を拘束しろ」
「あいあいさー!」
「え? は? なんで──いだだだだ!? 腕がもげる! 加減しなさいよ、この馬鹿女!」
クレスティカの細腕をキュウの重機のような豪腕が捻りあげる。完全に関節がキマったようだ。
このまま少しでも肩の角度をズラせば軟骨が引き剥がされるだろう。その痛みは、へなちょこ魔術屋には到底耐えられる代物ではない。
「お前が魔術を覚えた経緯を話せ。魔術には色々な種類と適正があるんだろ? だったら、その判別方法を俺たちに教えるんだ」
「あ、あのねぇ! 知識っていうのは財産なのよ!? 魔術の覚え方なんて、皆が欲しがる知識でしょう? タダで話す訳ないじゃない! 対価を払いなさいよ、今なら三万ゴルで手を打ってあげるわ!」
「役立つかも分からない六級魔術屋の知識にそんな大金が払えるか! よく聞け、これは尋問ではなく拷問だ。逆らうって言うなら」
「こうだよ!」
──ゴギッ。骨と肉が拗れる生々しい音と共に、クレスティカの肩が外された。
突然の激痛に魔女は目を見開いて絶叫している。
「ぁ……キュウ? 本当に実行しなくて良いんだぞ、脅しなんだから。それにまだ何も指示してないだろ」
「えっ。ご、ごめんね、イチ君」
「謝るなら俺じゃなくて、そこで泣き崩れながらお前の腕をタップしてるクソ女に言ってやれ」
拘束や尋問など、キュウに慣れない事をさせるべきではなかったな。
「すぐに手当てした方が良さそうだな。シィ、回復薬の準備をしてくれ」
「一応持ってきて正解だったッスね……あっ!」
カシャンッ。今度はガラスが割れる音がする。見ると、回復薬の入った注射器をシィが落としていた。
「ご、ごめんなさいッス……えと、ほら、私って指がうまく動かなくて……あはは」
──そうだった、シィに割れやすい小物なんて持たせるべきではなかった。また俺の判断ミスだ。
俺は床で蹲ってすすり泣いているクレスティカの方に向き直り、その背中をさする。
「その。悪いんだけど、諸事情で今すぐお前の肩を治してやることは出来なくなった。本当に申し訳ない」
「っぐ、ぅぅ……もう嫌ぁ。なんでアンタらみたいなカスに、この私がタカられなきゃいけないのよ……!」
「俺たちと関わったのが運の尽きだと思って諦めてくれ。さあキュウ、こいつをヨシマサの工房まで運ぶぞ。あっちで応急処置をしてから尋問再開だ」
「まかせて!」
キュウは元気いっぱいの返事をしてクレスティカの足首を掴んで持ち上げる。哀れな魔女はじたばたと抵抗するが、すぐに力尽きて、ただ震えながら痛みに耐えるだけになった。
そのあまりに痛ましい光景にシィが絶句する。
「……あれって、下手したら私も初対面の時に同じ目に会ってたかもしれないッスよね」
「そうだな。ちなみに俺もキュウに怪我させられた回数は数え切れないぞ」
「うへぇ、あの子を敵に回すのだけは避けたいッスねぇ」
「ははは! まさか! キュウが俺の敵に回るなんて有り得ないだろ!」
「それもそうッスね、あはははは!」
脳裏によぎった嫌な予感を強引に吹き飛ばすように俺とシィは笑う。その横で、ハキリはボケっと突っ立ったまま、うっすらと口角を上げて笑った。
「賑やかな、友達……」
何やら呆けているクレスティカを連れて、俺達は急ぎ足で工房に帰ったのだった。




