20 家族とは
俺はハキリを抱えたまま、背後から現れたヨシマサの方に向き直る。
「オッサン。これがどういう事なのか、説明してくれるか?」
「あぁ、丁度そいつも気絶してるようだしな……まさか魔術屋の知り合いが居たとは、小僧の人脈も侮れねぇな? 先に釘を刺しておくべきだったぜ」
ヨシマサは俺の所まで歩み寄って来て、しんどそうな態度で気絶したハキリを受け取ると、そのまま俺たちが寝泊まりしている地下部屋の扉を開けてハキリを汚れたカーペットに寝かせた。
「まぁ見ちまった以上は話すしかねぇよな。ハキリの母親……俺の、妻について」
それから、ヨシマサは過去の話を長々とぶちまけた。口下手な娘を持つ、口下手な男の話だ。とても聞くに絶えない話し方だったが、それでも彼の言葉に嘘が無いことは分かった。
話の内容は、ハキリの母親が魔術屋だったこと、母親とハキリの仲は良好だったこと、そして、母から遺伝した魔術のことだ。
元々ハキリの母親が持っていた魔術は、本人の感情を特殊な焔に変換するものらしい。
その魔術は独りきりで発動すれば本人の身を焼け焦がすだけの危険な術だが、もし好意的な感情を持った相手に使えば焔は"祝福"となって相手を助けるという。
つまりハキリの魔術は感情に大きく左右されるという事であり、それは極めて危険だ。だからヨシマサはハキリが感情を表に出さないように、そして今は亡き母親についての記憶を思い出さないように彼女の心を縛り付けて育てたという。
……だが、そこまで洗いざらい話したにも関わらず、肝心の母親が居なくなった理由だけはヨシマサは絶対に語ろうとはしなかった。
俺としても、そこを根掘り葉掘り聞くつもりは無かったが。
「で、これからどうする気だよ」
「知るかよ。ハキリが母親のことを思い出すなんて、考えたくもなかったぜ」
「本人に魔術の才能があるのは知ってたのか?」
「当然だろ? だから抑制してたんだ。余計な事をしやがってよ」
ヨシマサが腕を組んで忌々しげに呟く。まるで今の状況が厄介事だとでも言いたげな顔だ。
「余計だって?」
「そうだろうが。娘のトラウマ掘り返して、怪我までさせてんだからな」
「アンタが解決すべき問題を放置してたのが悪いんだろ」
「解決できるもんなら俺だってしてる。今のところ放っておくのが一番マシなんだよ。魔術でも何でも覚えさせたきゃ勝手にすれば良いが、これ以上ハキリの心を揺さぶるような真似はするなよ。面倒な事はまた忘れさせれば良いんだからよ」
放置するのが一番マシ? また忘れさせる? 親ってそんなもんなのか? あんまりじゃないか。ハキリは母親が居ないから不安定な状態だっていうのに父親にまでそんな扱いをされるなんて。
親が居たって、放置されてるんじゃ俺と同じだ。
「……なら俺は、やっぱりこの家を出ることにする」
「は!? いきなり馬鹿を言うな! また外縁居住区みたいなゴミ溜めに住む気か? そもそもお前は俺の弟子になったんだろうが、勝手な事をするんじゃねぇよ」
「その言葉を娘にも掛けてやれないのかよ」
ハキリがヨシマサの弟子になりたがっていた理由が今ようやく理解できた。彼女はただこんな風に、面倒なお節介を焼いてほしいだけだったのだ。
「不器用な親を持つと苦労するんだな」
「ワケの分からん事を言ってないで考え直せ。ガキはすぐそうやって拗ねる。自分の感情を制御できるようになれよ」
「それも俺に掛けるべき言葉じゃないって気付けないのか?」
俺は床からハキリを抱き上げて、部屋の外へ連れていこうとする。その肩を、後ろからヨシマサが掴む。
「どこ行く気だ? 俺の娘まで連れて……そんな事が許されると思ってんのか?」
「今思い出したんだけど、ハキリと風呂で初めて会った時に、こいつ普段は外縁居住区で野宿してるって言ってたんだぞ。そんな娘を放置しておいて今更それか?」
肩に置かれた手から力が抜ける。俺は今度こそ部屋を後にした。気まずそうな表情をしたシィと、不安そうな顔のキュウが俺の背中に着いてくる。
いつの間にかクレスティカが逃げ出していた事に気付いたのは、店を出た後だった。




