5. 一夜明けて
エレン君目線です。
「そうか、お前達だったのか」
今日は学院が休みだ。
僕は自分の執務室のソファに座り、目の前にいる二人を見詰めた。一人は大きな身体を少し縮めているし、もう一人は真っ直ぐな目で僕を見据えている。
レインベルトとハインツだ。
「エレン殿下」
ハインツが口を開いた。
昨日のヴィヴィとジョイルの婚約破棄騒動は、僕が王宮に帰った時にはすでにバレンに知られていた。
「僕が帰る前にバレンに伝えていたのはお前達か。随分と早かったな? でも、ハインツはその場には居なかったろう?」
生徒会副会長を務めるハインツは、真面目で頭の切れる男だ。理不尽な事や曲がった事が嫌いな信頼置ける男なのだが、真面目過ぎるのが玉に瑕なのだ。
「現場は見ていませんが、マーリンが呼びに来ました。私が生徒会室に着いた時には、殿下もヴィヴィエット嬢もアリアーヌ嬢もいませんでしたけど。ただ一人、ジョイルだけがいました」
「ああ、マーリンがね。アリアーヌ嬢はいなかった? ジョイルはどうしていた?」
「抜け殻でした。それも、悪い魔法にかかったままでしたけど」
昨日、ヴィヴィをレベンデール公爵家に送った後、帰って来たと同時に侍従のバレンに詰め寄られた。普段は温厚で冷静なバレンが、僕が公爵令嬢と伯爵家子息の婚約破棄を唆したと言った。
確かに、きっかけは唆した。かもしれないけど、結局はヴィヴィの主導で進んで行ったんだけどな。
「レイン、お前が見ていたってことか?」
ハインツが見ていないから、レインベルトが見ていたのだろう。
「はい。ジョイルが生徒会室に入ってからです。自分も入室するべく声を掛けようとしたら、アリアーヌ嬢が来ましたので、タイミングを逸しました。でも、そこからは扉が開いたままでしたから」
そうか。そうすると、ヴィヴィと二人だけで話していたことは知らないんだな。僕がヴィヴィに婚約破棄を迫った事も。
「ならば話は早い。僕はジョイルに我慢が出来なかった。特に最近のアイツは目に余っただろう? 生徒会の仕事もおざなりだったし、何と言っても不貞の噂が囁かれているのに、誰の忠告も聞かなかった」
僕は真っ直ぐに見詰めてくるハインツの目を見返した。
「確かに。ジョイルの最近の行動は頂けませんでした。エレン殿下の側近としても、職務怠慢でしたしね。それにアリアーヌ嬢については、他のご令嬢達から苦情が出ていました。婚約者に気安く接近すると」
実は、生徒会には生徒の管理取り締まりの役割もある。王立高等学院は、基本的には貴族と優れた才能のある一部の限られた平民が混在している。学院の中では身分は関係無いとされているが、やはりそこは貴族の多い学院だけあって、爵位や血統が少なからず学院生活に影響をしていた。
つまり、権力や身分を笠に着た不届き者もいない訳では無い。だから、生徒会には問題ある生徒に対する苦情も入る。
例えば、身分を利用したセクハラ、パワハラ、苛めなんかもある。まあ、僕が学院に通っている間は、身分上は僕が一番上だから耳に入った時点で、そいつらはアウトになるわけだが……
「アリアーヌ嬢に対するクレームか……」
そう言えば、ヴィヴィも言っていたな。人の婚約者に手を出して、相手の令嬢から注意を受けたとか。
「ええ。夜会やお茶会、ちょっとした集まりが開催された後は必ずです」
ハインツがそう言って、手帳をペラペラと捲った。ああ、あれが『副会長の閻魔帳』と恐れられている手帳だ。やっぱり休みの日でも携帯しているのか。
「ハインツ。お前、ジョイルが悪い魔法にかかったまま。と言ったが、まさかまだアイツは判っていないのか?」
さっきスルーしそうになったが、アリアーヌ嬢とジョイルはどうなったんだ? ちゃんと話し合えと言って二人を置いてきたはずだが。
「彼女にとっては、伯爵家を勘当されたジョイルに用は無いのでしょう。愛しているから、ジョイルが伯爵家から勘当されたら悪いからと、自分から身を引くと言って出て行ったようです」
「ふーん。そうきたか。さすがだな。
アリアーヌ嬢には婚約者がいたんだ。あの、レベネン商会のダンデル氏だ。12月の誕生日に結婚式をする予定だったらしい。それを嫌がって、救ってくれる相手を貴族の男から探していたんだろう。
可哀そうだが、伯爵家から勘当されればジョイルには彼女を助けることは出来ない。
あくまでも、ジョイルを庇う体でアイツを捨てたんだろうな。まあ、単純で馬鹿なアイツには判らないか……」
あんな場面を引き起こしたのに、まだジョイルは判ってないのか? あの女が、そんな殊勝な者か。そうじゃなければ、たかが16歳やそこらで何人も男を手玉に取れるか?
「そう言えば、彼女の本命はハインツ、お前じゃないかと言われていたぞ?」
僕はヴィヴィの言っていたことを思い出した。確かに、ハインツには婚約者はいないし、堅物で真面目なお陰で女性の影も無い。侯爵家嫡男だし何事も無ければ、国政に関わることになるだろう。出世は確実だ。
「冗談は止めて下さい。まあ、最近よく話し掛けられるとは思いましたが。私の好みではありませんから、勘弁して下さい。
しかし、公開婚約破棄をやらかしたので、当分ジョイルもアリアーヌ嬢も学院には来れないでしょうが……殿下、ヴィヴィエット嬢はどんな感じでしたか?」
ハインツは一瞬だけ眉間に深い皺を寄せただけで、冗談としか思って無いみたいだ。
良かった。万が一にも彼女に堕とされていたら、彼はジョイルよりも面倒な事を引き起こしていたかもしれない。
「ああ、ヴィヴィは大丈夫だ。スッキリしたと言っていたし、公爵にも自分から婚約破棄の事を伝えると。僕が同席して、事の顛末を話そうかと提案したら断られた。冷静だよ、彼女はね」
ヴィヴィの事を話していると、自分の顔が緩んでくるような気がした。
「そうですか。しかし、レインから聞いたところによると、ヴィヴィエット嬢は随分とアリアーヌ嬢の事を知っていたようですね?
それなのに、ジョイルを一旦は許そうとしていたらしいじゃないですか。さすが、心が広い学院の天使ですね。
彼女なら、二人の噂を知らない訳は無さそうですけど……判らないですね、女心というのは」
溜息と共にハインツがそう言う。そうは言うけど、お前は知らないと思うけどね、ヴィヴィはそんな柔な令嬢じゃない。綺麗で可愛くて、優しそうに見えるけど、いや、実際優しいと思うけれど、立派な悪役令嬢だから。自分を貶める様な奴には、容赦しないと思うけどね。
「ジョイルはどうなります? 公爵家から今日には連絡が云っているでしょうな。今頃大変な事になっていませんか? 自業自得ではありますが、少し気の毒にも思えます……」
レインは、口数はそう多くは無い武闘派の軍人気質だが、人の心の機微には敏感で心優しい所がある。確かに、今一番不安定な心持はジョイルだろう。
「理由が理由だしな。ヴィヴィを溺愛しているレベンデール公爵のことだから、直ぐにでも正式に婚約破棄にするだろう。そうなれば、ジョイルは伯爵家の顔に泥を塗ったとされて、屋敷を追い出されるかもしれないな。悪くすれば勘当だ」
多分、今頃は伯爵家は大騒ぎだろう。
「幾ら自業自得とは言え、ヴィヴィエット嬢からも捨てられ、アリアーヌ嬢にも去られた今となっては、少し気の毒になってきました」
そう呟いて、レインは腕組みをした。
幼い頃、5歳からの付き合いだから思う事は判る。僕にだって、多少の引っ掛かりはあるし。
「ジョイルの事は、伯爵家の出方を見てから考えよう。それから、お前たちに言っておきたいことがあるんだが---」
「「何ですか?」」
ハインツとレインの声がハモッた。
うん。余り遅くなると面倒事が起きそうだし、僕とヴィヴィがキスをしたのを見ていた者もいる。レインだって言わないだけで見ていたはず? かもしれない。
「僕は、ヴィヴィエット・レベンデール公爵令嬢に求婚したよ」
「「はいっ? ええっっつつ!?」」
二人はソファから立ち上がって叫んだ。
そんなに驚くか?
ブックマークありがとうございます!
楽しんで頂けたら嬉しいです!




