4. 何がどうしてこうなった!? -ハインツサイドー
前作から少し間が空きました。
ここからが新作になります。
エレンツィード殿下の側近である
ハインツ君サイドのお話しです。
放課後の廊下を速足で歩く。
すれ違う学生達が、廊下の端に避けながら会釈をかわしてくれるのを笑顔で応えて通り過ぎる。
「「ハインツ様、さようなら。また明日」」
「ああ、さようなら。君達も気を付けて帰りたまえ」
渡り廊下に差し掛かったところで、数人の下級生達から挨拶されると片手を挙げて彼等を追い越した。
彼の名はハインツ・レイシー・モルデン。
モルデン侯爵家の嫡男で、王立高等学院の生徒会副会長。そして、同い年のエレンツィード第二王子の側近でもある。そんな彼は今、猛烈に焦っていた。
『全く、何でこんな事になったんだ!?』
遡ること1時間ほど前、2ヵ月後に行われる学院の園遊会準備の為にハインツは資料室にいた。過去の園遊会の資料を書記である伯爵家の次男、ディレク・コーデルタンと探していたのだ。
「おかしいですね? 何でこの棚に無いのでしょう。年代的にはこの棚のはずですけど」
ディレクが書棚を見上げて首を捻っていた。学院の長きに渡る歴史は、膨大な資料となってこの部屋に溢れていて、天井までの大きな書棚にびっしりと納められている。
王立学院で行われる園遊会は、大温室にある希少植物の十数年に一度の開花に合わせて催される。数日前に、蕾が付いているのが確認されて大急ぎで準備をしなければならなくなった。因みに前回の園遊会は、丁度十年前に開催されていた。
「確かに、順番的にはその棚だな。前回はセロイスト第一王子殿下が生徒会長で開催されていたという。今回はエレン殿下が生徒会長だ。さすがだな、王族の方々は持っていらっしゃる。しかし、何で無いんだ? 別な所に保管されているのか?」
特に、王位継承順位の早い王子が就学していた期間の資料は多い。二人並んで資料の背表紙を見ながら、今日の所は諦めるかと溜息を吐いた。
「ハインツッ! いるかっ!? 大変だっ!」
聞き覚えのある声と共に資料室のドアが勢いよく開けられ、自分の名が大きく叫ばれた。
「ここだ。奥にいる」
騒々しい声は、会計である伯爵家のマーリン・バルトウだ。走って来たようで、息が上がっている。ガタガタと棚にぶつかりながら、やっと奥まで来た。
「何だマーリン、騒々しい。何かあったのか?」
ディレクも傍に寄って来たが肩で息をしているマーリンは、まだちゃんと話すことが出来なさそうだった。一体どこから走って来たのかと、ハインツがマーリンの背を労わるように撫でた。
「ああ、す、すまん。もう大丈夫だ。はあぁ---」
大きく息を吸って、深呼吸をすると、
「ハインツ! 大変だ! ジョイルとヴィヴィエット嬢が婚約破棄をした!」
婚約破棄? ジョイルが? ヴィヴィエット嬢と?
「マーリン、落ち着け」
ジョイルは、生徒会役員でもう一人の書記だ。ヴィヴィエット嬢というのは、そんな彼の婚約者で学院きっての才媛、妖精と言われる美しい公爵令嬢だった。
幼い頃から婚約者として認識されていた二人に、一体何が起こったのか。
「もしや、バレたのか?」
心当たりは一つかしかない。生徒会役員なら全員知っていた、アノことだ。
「生徒会室でエレン殿下も一緒にいるんだ! ヴィヴィエット嬢にジョイルのアレがバレた!」
「なっ!? 何でエレン殿下が一緒にいるんだ?」
生徒会室で何をしているんだ。エレン殿下が一緒にいながら、どうして公爵家と伯爵家の婚約破棄になるんだ? 状況が判らないハインツが、二人と顔を見合わせた。ディレクもマーリンも大事になった事だけは判っていそうだ。
「良く判らんが生徒会室に行ってみる」
ハインツはそう言い残すと、大急ぎで資料室を後にした。
「失敬!」
普段ならその部屋の前に人だかりなど無い。なのに、今はどうだ? わんさかと人がいて生徒会室の廊下は大混雑していた。ハインツは人垣を掻き分けて、漸く扉の前辿り着いた。人一人が出入り出来る程に開いた扉の向こうには……
力無く床に座り込んでいるジョイルがいた。肩を落とし項垂れている後ろ姿に、マーリンが言っていたことが真実なのだと悟った。
『エレン殿下はどこだ? どこに行った?』
そこそこ広い生徒会室には、今はジョイルしか見えない。取り合えずヒソヒソ、ザワザワと騒めく人間を何とかしないと。ここにエレンがいない以上、最悪の事は起きなかったと思いたい。
「ハインツ!」
人垣の向こうから声を掛けられた。生徒会役員の一人、武術系倶楽部の部長を務めるレインベルトだ。
「レイン!」
ハインツが応えると、人垣がさっと割れて真っ直ぐにレインベルトが近寄って来るのが見えた。長身に金髪の彼は、皆より頭二つ抜き出た迫力のある体格だった。ちらりと周囲に視線を巡らすと、好奇心に満ち溢れた顔で溢れていた。
『まったく。仕方が無いな』
ハインツは深い溜息を吐くと、集まっている生徒達に言った。
「君達は何をしているのかな? ここは騒いでいい場所では無いだろう? さあ、早く帰り給え」
低い声でそう言って、レインベルトを生徒会室に押し込んだ。
「おい、ジョイル。一体どうしたんだ? 何があった?」
ハインツは座り込んだままのジョイルに、床に膝をついて視線を合わせて尋ねた。腕組みをしたままのレインベルトが、項垂れたままのジョイルの替わりに答えた。
「さっき迄ここには、エレン殿下、ヴィヴィエット嬢、それからアリアーヌ嬢もいた。ヴィヴィエット嬢はアリアーヌ嬢とジョイルの事を知っていたんだ。知っていて、ジョイルの事を許そうと思っていたように見えたのだが……ジョイルがアリアーヌ嬢を庇って……」
ああ。何となく想像がついた。思い込みが激しくて、疑う事を知らないジョイルがアリアーヌ嬢の手練手管に嵌っていたのを知っていたから。
「そうか。それで殿下はどうした? どこに行かれた?」
「ああ、殿下とヴィヴィエット嬢は二人で帰って行った。取り合えず殿下が、王家の馬車でヴィヴィエット嬢を公爵家に送って行った」
レインベルトが見届けたらしく、はっきりとそう言って肩を竦めた。
「そうか……そう言えばアリアーヌ嬢はどうした? ここにいたのだろう? ジョイル?」
何時までも床に座らせている訳にも行かず、ハインツがジョイルの腕をとって立ち上がらせる。
ハインツが支える反対側をレインベルトがぐいっと力を込めて引っ張っる。ふらふらと足元が覚束ないジョイルを、二人掛で立たせたると小さな声が聞こえた。
「……アリアーヌは……」
「アリアーヌ嬢はどうした?」
何となくここにいない事が、彼女の応えの様な気もする。
「か、彼女には結婚相手がいたんだ。それなのに、俺と。俺の事を愛していると言っていたのに、俺が伯爵家から勘当されたら悪いからと……じ、自分から身を引くと……」
やっぱり。ジョイルは未だアリアーヌに囚われたままだ。こんな状況になっても、疑わないのか? 体よく捨てられたのじゃないのか?
ハインツはジョイルを自業自得だと思った。
何時の頃からか、視界に入り込むようになった令嬢は、可愛らしい見た目と豊満な体つきがアンバランスで一部の男子学生の間では有名だった。
特に少し前から、勉強を教えて欲しいとかクッキーを作ったとか言って、ジョイルのいない時を見計らっているかのように生徒会室の近くで見かける事が多くなった。
自分達はエレンツィード殿下の側近として、身辺周りにも細心の注意を払わなければならなかったのだ。なのに、ジョイルは最初は親切心から彼女に近づいてあっという間に絡めとられてしまった。
自分達が気が付いた時には、すでに二人は深い仲になっていた。何故なら、最初は注意を払って付き合っていたはずが生徒会をさぼり、側近としての役割がおざなりになって来ていたのだ。
『私達が、再三注意したのに。殿下だって心配して忠告もしていたはずだ』
ハインツは苦虫を噛み潰したような顏をすると、ジョイルの肩をポンと叩いた。
「とにかく、お前は家に帰れ。そして帰ってどうするか相談しろ。良く考えてみろ、自業自得が招いた結果だ」
ハインツはふらつく足取りのジョイルを支え、馬車寄せ迄送って行った。
ジョイルを見送ると、ハインツはゆっくりと目の前まで来た馬車に乗り込み、座席に深く腰を下ろした。向かいにはレインベルトが座っている。
「王宮に向かってくれ」
御者にそう伝えて、ふうっと息を吐いた。
ヴィヴィエット・レベンデール公爵令嬢。
グレイデン王国の王立高等学院の花、妖精と言われる美貌の少女だ。そして、成績もエレンツィード、ハインツと常に首位を争う位置にいる優秀な生徒だ。
『ジョイルには過ぎた婚約者だったのに。彼女以上の婚約者なんていないだろうに……』
ツキンと胸の奥が痛んだ。ハインツには婚約者がいない。今は。
『シンシア……』
心の中で、幼い時に亡くなった自分の婚約者の名を呟いた。もう、顔も良く思い出せない。それくらい幼い時に病で亡くなってしまったのだ。
「とにかく、エレン殿下から話を聞かないと。場合によっては、ジョイルは側近を外れる事になる。まったく、忙しいのに皆で何をやってくれているんだ?」
馬車はガラガラと音を立てて王宮に向かっている。
何か起こりそうな胸騒ぎに、ハインツは本日何度目かになる深い溜息を吐いた。
ご好評頂いたヴィヴィとエレンのお話しです。
ヴィヴィvsエレンの腹黒対決はどちらに軍配が上がるのでしょうか?
まずは、婚約破棄の行われたその日からお話を進めたいと思います。
応援して頂けると嬉しいです。
出来るだけ頑張って更新しようと思いますが、
頑張ります!
楽しんで頂けたら嬉しいです。




