21. 腹黒殿下のお願い
薄っすらと潤んだ様な緑の瞳。
黒い睫毛が、信じられない程長いですわ。
こんな至近距離で、改めて顔を見るなんて初めてです。ええ、キスをした時よりもちゃんと顔を、瞳を見ていると思います。
私が自分の手を預けたことで、エレンツィード殿下はほっとした様に表情を和ませました。
もしかして貴方、涙ぐんでいますの? そんな仔犬の様な潤んだ瞳で見上げるのって、反則ではありませんか? だって、エレン殿下と言えば冷静沈着、完全無欠の美貌の王子様なんですから。
まあ私からしたら、胡散臭い笑顔の仮面を被った、腹黒王子様のイメージが拭えません。拭えませんけど……
「ヴィヴィ、ありがとう。とっても嬉しいよ、感謝する」
未だ膝まづいて私を見上げる殿下は、永年のイメージをひっくり返す破壊力の微笑みです。
本気で、本当に私をお望みなの?
「い、いいえ。こちらこそお願いします」
余りに真っすぐな視線に、私まで頬が熱くなってきたような?
「ヴィヴィエット嬢、私と一緒に舞踏会を楽しもう」
そう言うと殿下は私の手をキュッと握り締め、手の甲にそっと唇を寄せました!!
「!?」
なんなの!? このシチュは! 甘い! 今までに無い甘さですわよっ!?
「約束したよ?」
何だか私ばっかりヤラレテばかり。そんな気がしてきましたわ。
ああ! こんなの私じゃないでしょう!
「はい。エレンツィード殿下、優しくして下さいませね?」
お返しとばかりに私も微笑みます。今までこんな顔を殿下に、見せたことなんてありませんわよ?
少し驚いた様に目を見開いた殿下は、私の手をグンっと引っ張りました。
「あ、あのっ?」
急に立ち上がった(立たされた?)私は、殿下の胸に引っ張り込まれるように超至近距離に!
「ヴィヴィ? 君、判ってやってるよね? 全く……僕以外の前ではやらないでよ?
勘違いするヤツがいるからね? いいかい、今、ココで、約束して」
冷やりとするような声音が耳に響きます。
私の喉がごくりと鳴って目を伏せて深く頷くと、漸く殿下の腕から解放されました。
ああ、超絶美形の王子様との接近は心臓に悪いですわ。何と言っても、今まで一番接近した男性がジョイル様ですから。
比較しては何ですけど、彼は殿下とは違いますわ。ジョイル様はどちらかと言えば明るめの色彩に、裏表のない判りやすい方でしたからね。殿下の様に、自然に人を威圧して平伏させる気配と言うか、オーラはありませんでしたし。
慣れるのかしら。でも、これからの事を考えると慣れて行かないといけませんわね。
ドキドキした胸を押えて、チラリと殿下に目をやれば何とも満足そうに微笑んでいますけどね。
これ以上一緒にいたら、体調が悪くなりそうですわ。
「とにかく、君がパートナーになってくれるのを了承してくれて良かった。ついては、君に渡したい物があるんだけど……バレン! アレを持って来てくれ」
ソファに並んで! 座り直すと、エレン殿下はすぐ隣の控えの間にいるらしい、侍従のバレン様に声を掛けられました。バレン様がご一緒にいらしていたのですか? 知りませんでしたわ。
「御機嫌よう、ヴィヴィエット様。お邪魔しております」
控えの間からバレン様が出ていらっしゃいました。手には何か箱の様な物をお持ちですけど?
ちょっと!? 控えの間にお母様がいらっしゃるではないですか? 閉まりきっていないドアの隙間から、手を振っているお母様が!
もしかして、お母様はバレン様と一緒に、隣の部屋で私達を伺っていましたのね? 道理で未婚の男女が同室にいるのに、誰もいないと思いましたわ。コレは殿下? それともお母様? どちらが図ったのかしら?
全く、なんて人達なのかしら。
「バレン様も御機嫌よう。いらしていたのですね? 全然判りませんでしたわ」
ほんのりと嫌味を込めましたけど、きっとこの方には通用しないでしょ?
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。レベンデール公爵家にお伺いするのも、随分と久方ぶりになりまして、ついつい公爵夫人と昔話に花が咲いてしまいました」
ふんわりとお答えになるバレン様。でも、少し眉根を下げてチラリと控えの間に目線を送った感じからすると……
「きっと、お母様が無理を申したのでしょう? 申し訳ありません」
お母様が図ったのですね。多分、いいえ絶対そうでしょう。
「とんでもないことでございます。殿下、こちらを」
そう言って、エレン殿下に箱を渡されました。殿下は受け取ると、バレン様と目線を交わして私の方に向き直しましたわ。ああ、バレン様は殿下の後ろに控えたのね。
「ヴィヴィ、こちらを君に贈りたい。舞踏会に使って欲しいのだけど」
パカリと開けた箱は、濃紺のビロードを張った宝石箱でした。
「えっ? コレは……」
思わず息を飲みました。だって、そこには、
煌めく澄んだ緑の宝石、大きなエメラルドのネックレスがありました。中央にスクエアカットの大きなエメラルド、その周囲は輝くダイヤモンドが取り囲んでいます。そして、繊細な細工の所々に少し小さくカットされた中央の石と同じ鮮やかな緑の輝きが……
そうですわ。エレンツィード殿下の瞳と同じ色のエメラルドのネックレスです。
「これを君に着けて欲しい。僕からの初めての贈り物だよ」
目も眩むような大粒のエメラルド。そんじょそこらの品物ではありません。
確かに、舞踏会ではパートナーとなった女性に、男性から贈り物をすることはあります。ご自身の髪や瞳の色、紋章に因んだ模様などのアクセサリーが多いと聞いています。それは、パートナーが自分のモノである証明、無言の牽制や威圧になるのです。
こんなあからさまな、エレンツィード殿下色のエメラルド。王家の者でしか手に入れられない高価すぎる物です。お値段の想像が付きませんわ。
「でも、殿下、あの、こんな高価な物は、幾ら何でも頂け---」
「君が着けてくれなければ、これは捨てるだけだよ。初めてのパートナーに渡そうと作ったものだから。君に贈りたいんだ」
私の言葉に被せる様に殿下はそう言いました。
「で、でも!?」
こんなのして舞踏会なんて出たら、絶対誤解される! まだ返事はしていないけど、婚約者認定される! 外堀から埋められてるじゃないですか!? 不味いでしょう? 絶対!!
「あの、それでも---」
「判った」
言葉を濁して断りを口にしようとした私の言葉を、エレン殿下は妙に明るい声で遮るとヒョイとネックレスを摘み上げました。
「えっ!?」
あっけにとられている私をチラリと見て、徐に立ち上がりました。
「殿下!? エレンツィード殿下!」
殿下は真っ直ぐ窓に向かって歩いて行きます!
ま、まさか? まさか!?
まさかの行動に、私は急いで立ち上がると殿下の後に駆け寄りました。だって、開かれた窓の外に向かって、大きく腕を振り上げているのですから! その行動に血の気が引きました。
「エレン殿下! 止めて下さい! 着けます! 着けますから!」
思わず私は、振り上げられた殿下の右腕に取り縋りました。
「……本当?」
少し声が震えているみたいに聞こえます。
「はい。殿下のお気持ちは判りましたから」
ああ、本当に心臓に悪いですわ。振り上げていた手に力を入れて、ゆっくりと降ろさせると私はほっと息を吐きました。
「これを着けて舞踏会に伺いますわ。殿下、ありがとうございます」
意を決して、そう言うと殿下を見上げてにっこりと微笑みました。
「良かった。そう言って貰えて」
殿下も私を見詰めて、やんわりと微笑むとくるりと私を後ろ向きにしました。
そして、ドギマギしている私の首に、手にしていたネックレスをそっと掛けてくれました。首筋に触れる殿下の少し冷たい指先に、身体がピクリとしたのがとても恥ずかしです。
「うん。やっぱりよく似合う」
殿下は私の顔を覗き込むように見ると、満足そうにそう言いましたわ。
やっぱり、胡散臭いです!
「じゃあ、ヴィヴィ。また明日学院でね」
私がネックレスを受け取った事で、殿下はやっと安心した様子でお帰りになるみたい。まあ、これ以上長居をするとまた返す返さないの話になりそうですもの。
エレン殿下はバレン様を従えると、キビキビした動作で扉の傍まで進みます。その後を私もお見送りの為に続きますが、ふと殿下が足を止めて振り返りました。
「殿下?」
見上げた殿下の顔に呼びかけます。どうしたのかしら?
「ジョイルは、辺境伯の騎士団に入る事になった。すでに学院は辞めて、明日には出発する予定だ。君は知っているかもしれないが……」
真剣な表情で伝えられた、ジョイル様の今後。知りませんでした。だって、昨日から慌ただしくてキエラからの報告を聞く時間が取れなかったのですから。
「辺境の騎士団?……明日?」
そう呟くのが精一杯でした。明日だなんて、辺境の地だなんて、騎士団に入ったらちょっとやそっとじゃ帰れないではありませんか?
そして、学院も辞めていると?
「それがジョイルの、アイツなりの片の付け方だ。君への贖罪もあるのだろう。辺境伯の騎士団に入れば、5年は抜けられない。それから……君への言葉も預かっている」
「ジョイル様からの言葉?」
驚き過ぎて、頭が回らなくなっているようです。しっかりしなさいヴィヴィ!
「『ヴィヴィエット、心からお詫びする。済まなかった。もう二度と会えないだろうが、元気でいて欲しい』 そうジョイルは言っていたよ」
殿下は淡々と言いました。
「……そうですか」
やっぱり、ジョイル様はバカです!
だって、そんな大事な事をコノヒトに言付けるなんて!!
ブックマーク、誤字脱字報告、感想
いつもありがとうございます。
はい、ジョイル君は遠く離れた場所に
行っちゃいます。
まあ、想像されていた読者様も
多かったと思います。
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