第9話 夜食と冒険者
ギルドを出た途端に、ボスンと頭になにかが降ってくる。
「重い。またお前か」
うんざりとエーリスは呟き、右手を頭に乗せれば自分のものとは違った毛の感触と、温かい体温がそこにはあった。
確認するまでもなく、ドラゴン退治の時に出会った仔猫だ。
結局、王都まで付いてきた……いや、正確には王都までエーリスの頭の上にいたのだけど、ギルド本社を出た所でどこかに消えた。
のに、こうして偶にフラリとエーリスの頭の上に戻ってくる事があったりするのだ。
「ミャー」
軽く鳴く仔猫。
頭上からゴロゴロとうるさい音が聞こえてくる。
振り落としてやりたい気分になるが、前にそれをやって爪を立てられたので、もうエーリスも諦めていた。
「犬なら静かで良いのに」
言いながらエーリスは仔猫の位置を調節しながら歩き出した。
時刻は宵闇。
行き交う人たちは足取り軽く、灯りが灯る居酒屋などに入っていく。
「羨まし過ぎるよ。あぁー、一杯やりたい」
色んな誘惑に負けそうになるのを、エーリスは精神を削って耐えながら目的の店まで歩く。
大通りから一つ外れて、さらに角を二つ曲がる。
そうしてやっと煌々と輝く看板が目に入った。
頑張ったと、エーリスは額の汗を拭って店の扉に手をかけた。
ガラッと扉を引いて中に入れば、
「おいおい、エリリン。だから猫との入店は勘弁してくれって言ってるだろ」
いきなり出鼻をくじかれた。
「大丈夫。これ、帽子だから。生きてないよー」
「んなわけあるか、めちゃくちゃ喉を鳴らしてるじゃないか」
頑として入店させてくれない店主に、エーリスは仕方ないと店の外から注文する事にした。
「じゃ、串焼き八つかな。あと、お酒つけてよ。入れてくれないから、お持ち帰りね」
「まったく、うちはお持ち帰りもしてねぇってのによ。わかったから、外で待ってろ」
「はーーい」
軽く返事をして、エーリスは店の壁に背中を預ける。
肉の焼ける匂いが鼻孔をくすぐれば、ぐぅ~とお腹が二重に鳴る。
「……やっぱり今日も人にタカリに来たんだ。まったく、少しは野良の矜持を持ったらどうなの?」
「ニャー」
「いや、ニャーじゃないから」
そんなやり取りの最中に、店の扉が開く。
「ほら、出来たぞ」
紙袋と、陶器の酒瓶を渡された。
「お代は――」
「ツケとけって言うんだろ。わかってるよ。それと、これだ」
言って店主が差し出したのは、なにも書かれていないただの黄色い紙だった。
「うげぇ、このまえ仕事したばっかりなんだけど。最悪。来るんじゃなかったよ」
「はは、運がなかったな、エリリン」
「エリリンって呼ぶな。もう、じゃ、今回のはクラウにツケといてよ。それくらいは許されるでしょ」
「オレは構わないが……まぁ、頑張れよ、エリリン」
にこやかに笑う店主と別れて、エーリスはギルドに戻る道を歩く。
手に持つ黄色い紙は、キュレーター招集の合図だ。
青と、黄色と、赤があり、それぞれ緊急性によって色が違う。
黄色は、暇な時に――つまり表の仕事が休みな時しかないんだけど――顔を出せ、仕事だ、って意味だ。
エーリスは紙を握り潰すと、ポイっと放り捨てる。
「ニャー」
仔猫が咎めるように鳴くが、エーリスは紙袋から串焼きを一つ取り出し、
「口止め料だからね」
頭上で二回回して、高く放り投げた。
瞬間、頭の重みが消える。
どこからともなく「ニャーニャー」と聞こえてそれっきりだ。
軽くなった頭を振って、エーリスはギルドに戻る。
「先輩〜〜〜〜!」
扉を開けて中に入った途端に、ドタバタとリセエンヌが駆け寄ってきて、また抱きつかれる。
「え? どういう状況?」
さっぱり意味がわからなくて、エーリスはリセエンヌから目を離してギルドの中へ向ける。
「なんだ。オッサンじゃない。ギルドはもう終わりだよ。なにか依頼を頼むなら本社に行ってくれる?」
そこには出る時にいなかった巨体の男が、テーブルに座って無愛想な顔をしていた。
「そんなつれない事を言うなよ、エリリン」
言って巨体の男、ギルガルド・フリークスは何故か安堵の表情を浮かべた。
「まったく、どいつもこいつもエリリン、エリリンって……で、いったいなんの用なの? 状況から見て、リセエンヌを襲ってる感じ?」
「バカな事言うな。俺の好みはもっと妖艶な感じの美女で、そんなギャルみたいな奴じゃないっての」
疲れた感じでギルガルドは肩を落とす。
「うぅ〜、先輩〜。あの人、私の魅力が全然効かないですけど〜」
グリグリと頭を擦りつけてくるリセエンヌの頭をポンポンと軽く叩いて、エーリスはなんだかなーみたいな顔をした。
「リセエンヌ。オッサンの腕を見なよ。腕輪がついてるでしょ。オッサンのスキルは『完全防備』だからね。精神系もなにも効かないんだよ」
「ふぇー、そうなんですか?」
チラ見するリセエンヌ。
ギルガルドはわざとらしくにこやかに笑って、自分の左腕を振って見せる。
「ほら、エトランジュだ。良かったじゃない。サキュバスの力が効かない人がいたよ」
「うぅー、もっとカッコいい人が良かったです〜」
「それは……」エーリスはギルガルドを見る「運が悪かったね」
「おい! 黙って聞いてればまったく。さっきからずっとそんな感じで困ってたってのに、エリリンが来ても状況が悪くなる一方かよ」
完全に疲れました、みたいな顔をして愚痴るギルガルド。
エーリスは紙袋から串焼きを一つ取り出すと、ギルガルドに向かって投げた。
「それは悪かったね。で、ホントにどうしたの? 『黎明の獅子』のリーダー直々にギルドに顔を出すなんてさ」
「えぇぇーー! この人『黎明の獅子』のリーダーなんですか?!」
耳元でリセエンヌに大声で驚かれて、エーリスはそのまま頭突きをくらわせた。
「うるさいよ」
「うぅ、だって『黎明の獅子』ってこの王都にあるクランの中でも、三指に入る大手ですよ! それは驚きますって!」
「そりゃ凄いかもしれないけど、リセエンヌ、リーダーの顔を知らなかったんでしょ。なら、その程度の知名度なんだから、気にするほどでもないじゃない」
「おい、そろそろ泣くぞ。俺」
エーリスから貰った串焼きを齧りながら、ギルガルドが呟いた。
「はいはい、完全防備のクセになにダメージ食らってます、みたいな事をいうんだから。悪かったよ」
今度は酒瓶を投げるエーリス。
それをギルガルドが豪快に口をつけようとするところで、
「一口だけだからね。飲み過ぎないでよ」
そう釘を刺しながら自分も串焼きを取り出して食べ始める。
「で、ホントになにしに来たの? 早く言わないと、もうあげる物はないんだけど?」
「まったく、お前は。俺がここに来たのはな、最近のクエストに関して疑問があったからだよ」
酒瓶を投げ返しながら、ギルガルドがそんな事を言った。




