第7話 影使い
男が剣を抜くよりも速く、トウマが仕掛けた。
彼のスキルは自身の影を基点にして、周囲の影を支配下に置く事が出来る。
無駄に大きなエンシェント・ドラゴンを飲み込むほどの質量に広げられたのもそれ故だ。
影を使って冒険者たちの存在を知ったという事は、すでにアイツらの影を支配下に置いていたという事だ。
冒険者たちの影がユラリと立ち上がったかと思えば、抵抗する暇もなく影は自分の主を拘束した。
「な! なんだこれ! 貴様、亜人か!」
先頭の男が拘束を解こうと身じろぎするが、無駄な行為だった。
亜人ってのは、エトランジュの蔑称。
「クソ冒険者が、テメェらで法を犯しておいて、俺を犯罪者扱いとはな……」
亜人には蔑称の他に、国に準じない者という意味がある。国と契約をしなければ、普通の生活は出来ず、悪事を行わなければ生きる事が出来なくなる。
(厨二病からしたら、アウトローの方が選びそうだけどね)
「で、どうするの? 殺すつもり? 止めはしないけど、上手くやってよ」
「それはアイツらの言い訳を聞いてからだな。なにか情報を持ってるかもしれん」
「そ、なら尋問は任せる――」
「フラッシュ!」
エーリスの言葉を遮るように、冒険者の誰かが叫んだ。
それは力ある言葉。
エトランジュがスキルを持って異能を使うように、この世界の住人も『魔法』という特殊技能を持っていた。
鮮烈な光がエーリスたちの視界を襲う。
「無駄な事を」
眩しさに目を瞑るエーリスの隣でトウマが嘲笑うように呟く。
「な、なんで?! 影なら光で消せるはずでしょ!」
耳に響く甲高い声で誰かが――まぁ魔法を使った奴だろうが――叫ぶ。
光が消えてエーリスが目を開ければ、そこにはなにも変わらない風景が広がっていた。
「俺の影は質量を持っているんだ。そこらの低能な能力と一緒にするな」
トウマが冒険者たちに向かって歩き出す。
エーリスは一瞬考える。
このままバックレようかと。
ハッキリ言えば、冒険者たちには興味がない。こんなところに来た理由なんて、どうせドラゴン討伐が理由だろう。
トウマにはなにか含むところがあるんだろうが、それにも付き合う理由も義理もないしね。
とはいえ、暇だし、わざわざ血まで吸ったので、エーリスもトウマに倣って歩き出す。
「で、ここは今は立ち入り禁止区域のはずだが? どういうつもりで侵入したんだ?」
感情を抑えた声でトウマが問う。
「知るか! そんな格好をしているお前らこそ! ここでなにをしてる! まさか、貴様らがドラゴンを呼び寄せたのか!」
(……まぁ、確かに怪しい格好をしてるわね。そりゃ、誰だって疑うわ)
エーリスは仮面をつけてるトウマをチラ見する。
「えぇ、完全に不審者ね」
「声に出てるぞ、ダークネス。頭に猫を乗せてるお前は間抜けだがな」
「そうね。間抜けだから、私はなにもしないわよ」
「好きにしろ」
最初から期待してないと、トウマはアッサリと頷いた。
「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ! 俺の質問に答えろ、亜人ども! 貴様らが、俺の仲間が死んだ原因――」
拘束されてるクセに男は強く吠えるが、トウマがそれを簡単に黙らせる。
影が口まで伸びてガッチリと塞いだのだ。
「黙れ、質問しているのは俺だ。命を握ってるのも俺だ。わかったら、簡潔に質問に答えろ」
男は苦しそうに悶える。
トウマはそれを無視して、一番怯えてそうな少女に近づいていた。
格好から見て、回復役ってところだろうか? いかにも気弱って感じの女の子だ。
「陰険ね」
「うるさい。黙ってるんだろ」
いちいち突っ込んできながら、トウマは少女の前に立った。
暫くトウマは少女を見つめる。
(ホントに陰険な事で。わざわざ抵抗出来ないって事を実感させなくても、喋りそうな感じなのに)
少女は恐怖で瞳に涙を溜めていた。
男がそんな彼女を守ろうと、体をがむしゃらに動かしてなにかを叫んでいる。
「貴方、目障りね」
エーリスは男に向かって手を伸ばす。
手は音もなく男の中に侵入して、鼓動を続ける心臓を鷲掴みにした。
男の体がビクンと跳ね、だらりと力をなくした。
「殺したのか?」
トウマが振り返る事なく聞いてくる。
「まさか、貴方に任せるって言ったでしょ。気絶してるだけよ」
エーリスは男から手を抜くと、そのままあくびをする口を隠す。
「それよりもさっさとしてくれない? 迎えが来る前に、もう一眠りしたいんだけど?」
「ならそこで突っ立って寝てれば良いだろ。少しは静かになるしな」
「なら吊り輪でも作ってくれる? 得意でしょ、影で物をつくるの」
トウマはそれを無視して、少女の口の拘束を外した。
「こ、殺さないで……」
少女の懇願すら無視して、
「さて、状況は理解したな。なら、俺の質問に答えろ」
淡々と言葉を発する。
少女がコクコクと頷けば、溜まっていた涙が頬を流れた。
エーリスはそれを見ながら、影による拘束で気絶したまま突っ立っている男に寄り掛かって成り行きを見守る事にした。
「で? 理由はなんだ?」
「わ、私たちは、……白銀の翼、っていうクランに所属している冒険者……です」
トウマは頷きもしなかった。黙って少女に先を促す。
「白銀の翼は、その、モンスターの討伐を……メインに活動している、クランなんです。だから、ここでもよくクエストを受けていて……」
クランってのは、単純に言えば非正規ギルドみたいな物だ。冒険者たちで完結する互助会組織。
ギルドではクエストを受けるのも、情報を得るにもお金がかかるが、クランではほぼ無料になる。名の知れたクランになれば、依頼人がギルドを通さずにクエストを依頼する事もあったりする。
ただ、その恩恵はそのクランに所属する冒険者にしか適用されないが。
「そ、それで……先日の事になりますが……、ミルちゃん、いえ一人の仲間がボロボロになって帰還して来たんです。彼女が言うには突如、ドラゴンが現れたって、それで…………それで、他の皆は……」
そこで少女は嗚咽をもらして泣き出した。
「ふふ、相手を見誤ったわね。その子、もう喋れなそうよ」
「……みたいだな」
「で、どうするの? 他の奴に聞くわけ?」
冒険者たちは五人パーティーだ。
「いや、聞いても無駄だろうな。敵の力量すら量れないで、私憤で動く馬鹿どもだ。まともな情報なんて持ってるわけがない」
トウマは他の冒険者たちには目もくれず、影を更に操る。
「いやー、助けて!」
叫ぶ少女が影に飲まれていく。
他の冒険者たちも、声を出せずに同じ状況だ。
「止めときなさいよ。私たちの仕事はドラゴン退治だけでしょ。これ以上の余計な雑務は、手間を増やすだけだわ」
寄りかかっていた男の蠢く影に、仕方なく離れたエーリスがつまらなそうに言う。
「……だが、俺たちの姿を見られた」
「いいじゃない、別に隠す事でもないしね。それに噂がもっと広まってくれれば、こんな馬鹿な事をする奴が減るかもしれないわ。投資ってのは地道にやるものよ」
「…………」
トウマは答えず、冒険者たちを影の繭に閉じ込めた。
蓑虫のように、冒険者たちが地面を蠢く。
「夜になれば影も消える。それまで生きていれば、助かるだろうよ」
吐き捨てるようにトウマは言って、踵を返した。
「……生きてれば助かるって、当たり前過ぎるでしょ」
一人微動だにしない男を見下ろして、エーリスは肩を落とす。
「で、どこ行くの?」
「ギルドの転移魔法陣に戻る。そろそろ迎えが来る時間だろうしな」
確かに、空は赤焼けに染まりだしていた。
「ちぇ、お昼寝する時間もなさそうですね」
エーリスは不服そうに呟き、トウマを追う。
「ところでトウマくん。水、持ってません?」
仮面を外したトウマが、それはそれは嫌そうな顔をした。




