第6話 招かせるざる客
外のざわめきに、エーリスは目を覚ました。
「……んん、なに?」
重たい瞼を半分だけ開けて外を見ようと顔を動かすが、この部屋の窓は曇りガラスだった。
「まぁー、そうよね。てか、重い」
流石に丸見えは特殊すぎる性癖だもんね、と変な方向から納得したエーリスだったが、いまさら自分のお腹に違和感を感じて顔だけ上げて見れば、さっきの仔猫が丸まって眠っていた。
「…………」
もう一度言うが、どちらかと言えば犬派である。
「まぁ、いいか……」
ボフンっと頭を落として、また目を閉じる。
そのまま二度寝をしようとしたが、
「……ネース!」
なんとなく、外のざわめきが自分を呼んでるような気がしなくもなくて、念の為確認する事にした。
「もう……迎えが来たのかな?」
のっそりと体を起こせば、仔猫がコロンとベッドに落ちる。
仔猫はなにが起きたのかわからないって感じで、飛び起きて勢いよく顔をあっちこっちに振っていた。
それを横目にすら見ないで、エーリスはあくびしながら部屋を出ていく。
ドアが閉まるギリギリの隙から、仔猫は抜け出してエーリスを追った。
出入り口の扉を開ければ、
「ダークネス! どこにいる!」
トウマの怒声がエーリスの耳に直撃する。
「うぅー、寝起きに響くなー。はいはい、ここですよ、トウマくん」
両耳を指で塞ぎながら、エーリスはトウマに返事を返す。
「まったく、どこ行ったかと思えば……なに考えてるんだ?」
こっちに気づいたトウマが近寄ってくるが、エーリスが出て来た所を見てドン引きした顔をする。
「なにって、ちょっとした知的好奇心と心の休息を満たす事ですかね」
「おま、……嘘だろ。一応は仕事中だぞ?」
なにかを察した感じのトウマに、今度はエーリスがドン引きする。
「……トウマくんのムッツリ。ただ、寝てただけですから。変な妄想はしないでくださいよ。はぁ~、思春期の男の子はこれだから」
「な、ふざけるな! 思春期なんて俺に一度もなかったから!」
「はいはい、厨二病~乙~」
「それはお前も……」
なぜかトウマはそこでエーリスの後ろに視線を向けて黙った。
「どうしたんです?」
エーリスも不思議そうに振り返れば、そこにあの黒い仔猫がいた。
「ダークネス、その猫はどうしたんだ?」
「さぁ? 風俗店にいたんで逃げた誰かのペットだったんじゃないですかね?」
興味なさげにエーリスが言うが、さっきまでのやり取りを忘れた感じでトウマは彼女の横を通り過ぎ、仔猫の前にしゃがんだ。
まるで誘うように指を動かして、仔猫を呼ぶトウマ。
(やらしい手つき、とか言ったらまた怒るんだろうな)
どうしても言いたくなったけど、流石にまずいと思ってエーリスは別の事を口にする。
「トウマくん、猫が好きなんですか?」
「いや、別に……ほら、こっち来い」
生返事をして猫に夢中のトウマだったが、悲しいかな仔猫の方は完全に敵視してるらしく牙を剥き出しにして鳴いていた。
「ふーん、変わってますね。犬の方が従順でカワイイのに」
「馬鹿だな。この懐かない、気まぐれな感じが良いんだろうが」
「ドMなんですね」
「どうしてそうなるんだよ!」
思わず叫んだトウマの声に仔猫は反応する。
バッと飛び退き、目にも止まらぬスピードでトウマを避けてエーリスに飛びついた。
「ちょ! 痛い、痛い痛い!」
そのまま爪を立ててエーリスの頭まで登ると、安心したように絶妙なバランスで弛緩した。
「最悪です。トウマくんの所為で傷モノですよ。責任取ってくれます? とりあえず、一年間ご飯奢ってください」
「なにが傷モノだよ。もう回復してるくせに。それに酒豪のお前に飯を食わせたら、一ヶ月で破産するわ」
確かに仔猫につけられた傷は凄い勢いで治癒していた。
「そりゃ、一応は吸血鬼ですからね。こっちでもほぼ不老不死ですもん。でも、痛いの痛いんですよ。ちぇ、ケチ」
「本当にムカつく設定だよ、ダークネス」
なんて言うが、トウマの視線はずっと仔猫に向いていた。
「で、結局私になんの用なんです? もう迎えが来た感じですか?」
これ以上、猫の話も自分の設定の話もつまらないので、エーリスはさっさと話を戻す事にした。
「そうだった! ダークネス、冒険者たちが近づいて来てるんだ――チッ、速いな。おい、早くこれを着ろ!」
問われてやっとエーリスを探していた理由を思い出したらしく、トウマは慌てて影から二着のフード付きコートを取り出す。
コートの背中と左腕には、ギルドの紋章が反転して刺繍されていた。
「冒険者? ふーん、よく気づきましたね」
その一つを渡されたエーリスは、イヤイヤ袖を通しながら聞く。
「あぁ、ちょっとあってな。影を広げてたんだ」
トウマは短くそんな事を言うと、深くフードを被り、顔を隠すように仮面を取り出してつけた。
これが『キュレーター』の正装だ。
別にキュレーターは秘密組織というわけでもない。
それでもギルド職員ですらその存在を噂としか認識していないのは、ギルドが沈黙を守っているから――そして仕事上、出会う人物は粛清の対象となるからだ。ただ、性質上、所属する職員の身元だけは隠す必要がある。
「なにしてるダークネス。ちゃんと顔を隠せ」
トウマにそう言われるエーリスだったが、
「そんな事を言っても、猫が邪魔なんですよ。痛い痛い」
無理やり頭から退かそうとすれば、深く爪を立てて仔猫は抵抗してくる。
そのままフードを被ってもいいが、流石にそれは間抜け過ぎるし、そんなのはダサいからヤダと、捨てた筈の厨二が疼いて仕方ない。
「早くしろ、もう来るぞ!」
「んな、事を言っても。なら、猫になんか構ってないでもっと早く言ってくださいよ」
急かすトウマに、エーリスは憮然と返し、仕方ないと右手を噛んだ。
「なにやってる?」
「なにって、髪も目も色が変わるんだから、これも変装でしょ」
つまらそうにエーリスは言って、鋭くなった視線を石畳の方に向ける。
そこに、数人の冒険者たちがこっちに歩いて来るのが見えた。
「チッ、トウマがもっと早く言ってれば逃げられたのに」
「お前が風俗店で遊んでなければ良かっただけだ。それに、今はここはギルドが直轄で管理し、規制をしてるんだ。招かれざる客には、それなりの対応が必要だ。逃げるわけにはいかん」
どの道逃げる選択はないと、トウマも仮面の中から冒険者たちを睨むように顔をそちらに向けた。
「お前たち! そこでなにをやっている!」
冒険者たちの先頭を歩く、無駄にゴッツい鎧を着た男が叫んでくる。
エーリスたちは反応しない。
「おい! 聞いてるのか!」
男が怒鳴り、剣に手をかけた。




