第4話 自分の血を吸う吸血鬼
吸血鬼特有の鋭く尖った犬歯が、自身の右手を簡単に切り裂いた。
火傷したような熱の痛みと同時に、口内に鉄錆の味が広がって、エーリスは不快に眉を歪めながら喉を鳴らした。
心臓が歓喜に震える。
それに同調するように、エーリスの黄金色の髪が白銀に染まり、瞳の色が碧から赤紫に変わった。肌も透き通るような白に、あどけなかった顔立ちも氷雪の冷たさを持ったモノに変質する。
「毎回思うが、わざわざ右手を噛まなきゃスキルが使えないなんて、無駄な設定をつけたな」
トウマがごちゃごちゃとうるさい事を言ってくる。
エーリスは感情の乗らない視線だけ向けて、
「うるさい。オウムでも出来る、ただ情報を喋るだけのキミは黙ってろ」
「ふん。やっと地を出したなダークネス。……まぁいい、黙っててやるからさっさと事を終わらせてくれ」
苦虫を噛み潰したような顔でトウマが言う。
「言われなくてもそうする。どうせアイテムボックスとしてしか役に立たないんだから。せいぜい落ちてくるドラゴンを、そのご自慢の影でキャッチするんだね」
もうトウマには興味がないと、エーリスは返事すら待たずに、その辺に落ちている細い枝を拾って歩き出した。
一歩。
空を見て、軽く飛ぶ。
それだけでエーリスは遥か上空、ドラゴンよりも高い空に身を躍らせていた。
豪風が髪を遊ばせる。
自由落下しながら、エーリスはドラゴンを見る。
流石はエンシェント・ドラゴンといったところか、突如出現したエーリスに反応して急旋回して顔をこちらに向けた。
瞬時にエーリスを敵とみなしたのか、心地よい殺気を纏った眼光と目が合う。
「遅い」
一言。
エーリスは体を捻らせ、なにもない空間を蹴る。
瞬間――彼女はドラゴンの真上に姿を現した。
躊躇いなく拾った小枝を振る。
気づけば小枝は細長い剣に姿を変えていた。
刃は硬いドラゴンの鱗を容易く斬り裂き、瞬き一つする間にエンシェント・ドラゴンの首は両断された。
悲鳴すら上げる余裕もなく、ドラゴンは赤い鮮血を降らしながら落ちていく。
当たり前のように空中に立ち、制服のスカートを風になびかせながら、エーリスは小さくなっていくドラゴンをただただ見送る。
持っていた剣を邪魔だとばかりに放り投げれば、今までの姿は幻だったのか小枝に変わってクルクルとドラゴンを追った。
地面に落下する前に、大地が黒い物体で覆われていく。
「まったく、クラウも安直なコードネームをつけるよ。影を操るからシャドウとはね。馬鹿じゃないの」
黒い物体は、トウマがスキルで周囲の影を操って作った実体を持った影。
影はドラゴンよりも大きく広がり、落ちてきたドラゴンを音もなく飲み込んだ。
ゆっくりと、底なし沼に沈むようにドラゴンは影の中に消えていく。
「ホントにアイテムボックスとしては便利ね」
言葉とは裏腹に、まったく興味がない声色でエーリスは呟く。
単に暇つぶしだ。
今、下はトウマの影で満ちている。あれでは降りるのに少し手間で面倒くさいから、影が引くのを待つ間の暇つぶしの戯言だ。
「……待つのも飽きた。にしても、あのドラゴンはどこから来たのか?」
小さくあくびをして、手持ち無沙汰に眼下を見下ろす。
ところどころ、木々が薙ぎ倒されている所が見える。ついでに言えば、明らかに戦闘したであろう形跡も。
「兵どもが夢の跡って感じ……でも、おかしくない?」
見える風景にエーリスは疑念が浮かぶ。
トウマの影がある所為で上からは確認出来ないが、建物も道も綺麗だった。
ついでに言えば、慌てて避難したなんて感じでもなかった。
確かにトウマが疑問に思うのも、これを見ればわかる。
結局、あの紙にはなにが書いてあったのか……。
「…………まぁ、良いか。考えるのは私の仕事じゃないしね」
あっさりその疑念を捨てて、エーリスはやっと影が消えて見えるようになった、休憩場なんだか基地なんだかよくわからない場所に戻った。




