第28話 ほどほどによろしく
トタトタと、エーリスは必死で走っていた。
こんな事があっていいのかと、顔を絶望に染めてひたすら走る。
心臓が苦しい、肺が酸素をもっと寄越せと要求してくる。
もう限界だ。頭が重く、視界がクラクラする。
けれど、足を止める事だけは出来ない。
「はぁ、はぁ、み、見えた!」
それは希望の光だった。
最後の力を振り絞って、エーリスは手を伸ばすように走った。
「遅刻ですよ。ノクターナルさん」
目隠し陰キャ姿のトウマが、淡々とそんなエーリスに告げた。
「…………………!」
声にならない声でエーリスが言い訳をするが、トウマはそれを無視して隣に立っている冒険者たちに声をかけた。
「では、揃ったようなので行きましょう」
「ま……ってよ! 鬼ですか、トウマくん!」
振り絞って声を出せば、
「元気そうですね。なら、大丈夫です。行きましょう」
結果は無駄に体力を使っただけだった。
「ま、まぁ、少しだけ待とうじゃないか、スケアクロウさん。別に朝に集合というだけで時間が決まっていたわけじゃないんだ」
一人の冒険者が可哀想な目でエーリスを見ながら、トウマに提案する。
エーリスはコクコクと頷くが、トウマはずっと冷ややかだった。
「そうですね。でも、もうすぐ昼になるような時間ですから。遅刻です。なら、予定を優先しましょう」
「うぅぅぅ!」
涙目になって懇願するが、トウマは見向きもしないで南門に歩いていく。
「あぁー、どうする?」
提案をしてくれた冒険者が仲間に聞けば、一番ガタイの良い男の冒険者がエーリスの前に背を向けて座った。
「仕方ない。俺がおぶっていくから、とりあえず出発しようぜ」
ほらお嬢ちゃんと、ガタイの良い冒険者が言う前に、ぴょんとエーリスはその背に飛び乗った。
「おっと! はは、それだけ元気なら心配はいらないかもな。俺はゼルだ。ゼルディック・フロースト。よろしくなお嬢ちゃん」
「わ、わたしは、エーリス・ノクターナルです。とりあえず、楽ちんちんです、ゼルさん」
完全に弛緩しきったエーリスは、なんなら足をぶらぶらさせたりしていた。
「ところでお嬢ちゃん。その頭に乗ってる猫はなんて名前だ?」
歩きながらゼルディックが聞いてくるが、エーリスには身に覚えがなかった。確かに頭はなんか重たいと感じていたけど、それは世界新記録のスピードで走った代償だと思っていた。
「ニャー」
これ見よがしに、頭の上で仔猫の声が聞こえた。
「またか! なに、人の頭で楽してるんですか、この猫は!」
ぐぬぬぬと、怒るエーリスだったが、
「いや、お嬢ちゃんがそれを言ったらおしまいだろう」
呆れた感じでゼルディックが突っ込みを入れてくる。
「良いんですよ、私はか弱い吸血鬼なんですから。日の下ではヘロヘロなんですー。それにこの猫は野良のクセにこうして人の頭を座布団みたいにして、食事まで要求するんですよ、図太すぎるんです。ゼルさんも、気を許したら駄目ですからね」
「そりゃまた、なかなか面白い関係なんだな」
そんな無駄話をしながら南門を出ると、ぞろぞろと馬車の駐泊所に向かっていく。
「あれ? 馬車、乗るんですか?」
「おいおい、お嬢ちゃんなにも聞いてないのか? そりゃモンスターの生息域の調査なんだから、歩いて出来るわけないだろ」
驚くゼルディックだが、エーリスはのほほんとあくびをしていた。
「頑張って走ったから、なんか眠くなって来ましたよ」
「……こりゃ、お嬢ちゃんになにか期待するのは止めた方がいいかもな」
そんなゼルディックの呟きを聞き逃して、エーリスは落ちてくる瞼と一応格闘して、あっさり負けた。
ガタゴト、微妙に寝るには悪いリズムにエーリスは目を開けた。
「……あれ? 見なれない天井だ。なんてね」
ムクリと体を起こせば、二人の女の人が仔猫と戯れていた。
「あ、起きたの? エーリス」
活発そうな感じの方が、エーリスに気づいて近寄ってくる。
「起きました。で、貴女は誰です?」
「お、その物怖じしない感じいいね。私は、サツキ・メイヤー。キミと同じエトランジュだよ」
言ってぴょこんと頭の上に猫耳が生えた。
「あー、私、犬派なんですよね」
「初対面でいきなり拒絶されたよ! アハハ、やっぱりキミいいよ。面白い」
距離感がバグってるのか、サツキはエーリスを抱きしめると猫のように頬を擦り付けてくる。
「…………」
「うわ、無反応だ! ルーナ、なかなか手強いよ、この娘」
騒がしく、もう一人のお淑やかそうな女にサツキが顔を向ける。
「もう、あんまりノクターナルさんを困らせてはいけませんよ。体調はどうですか? ノクターナルさん」
仔猫を抱きながら、淑女な方も近寄ってくる。
なにもそこまで広くない馬車の中で、無駄に近寄らなくてもいいんじゃない、とか思うエーリス。
「そうですね。寝心地が最悪な位で、後は特に問題ないですよ」
「それはなによりです」
ニコニコと微笑む淑女さんは、
「あ、私はルーナ・エリースターです。回復士ですので、なにかあったら遠慮なく言ってくださいね」
「……そうします。とりあえず、体の身動きが何故か出来ないので、助けてください」
「残念だね。ルーナの魔法でも、私の拘束は解けないんだよ」
ムフフと笑ってサツキが力をこめる。
「うぇぇ、体が軋む。回復してー」
「もう駄目ですよ、サツキさん。ごめんなさい、サツキさんって気に入った人に抱きつくクセがあるんです。……その、諦めてくださいノクターナルさん」
軽い注意をするが、すぐに心底申し訳ないと頭を下げて、ルーナは仔猫の相手に戻る。
「まぁ、しばらくの間、仲良くしようか、エーリス」
ニコニコ顔のサツキをエーリスは半眼で見る。
「そうですね。まぁ、ギスギスするよりはマシですね。私はエーリス・ノクターナルです。ほどほどによろしくです」




