第27話 次のお仕事
ギルド本社から帰ってきた数日は、まぁいつもの通りの日々だった。
いや、なんかリセエンヌ係とわけわからない役職を与えられて、一緒に冒険者達の相手をさせられるようになったけど。
お陰でお昼寝は出来なくなるし、噂が変な方向に走ってるらしく羨望の眼差しを送る駆け出し冒険者たちがいて、エーリスはうんざりしていた。
「エーリス。お前に本社から指令が来てるぞ。昨今のモンスターの生息地変異を調べる為に冒険者を雇ったそうだ。お前は、その冒険者たちについて行って、情報収集をしろ、だそうだ」
マルガレーテが本社からきた指令書を読んで頭を抱えていた。
「まったく、上はなにを考えるんだか。エーリスにこんな大役が勤まらないのは研修にしょっちゅう出してる本社の方が理解してるだろうに」
「……マル先輩。出来れば、それは本人がいないところで言ってくれません? 流石に私も傷つきますよ」
抗議するエーリスを、マルガレーテは横目に見て鼻で笑う。
「馬鹿言うな。この程度で傷つく奴が、毎日よだれを垂らして昼寝するわけないだろう」
「えー、よだれは垂らしてませんよ。乙女ですよ」
「どんな言い訳だ。まぁ、上がなにを考えてるのかわからんが、明日の朝、南門に集合して出発のようだ。まぁ、今日はもう帰って準備でもしろ」
瞬間、エーリスの表情がパァっと輝く。
「え? 良いんですか? 駄目ですよ、半休とかは!」
なんて言いながら、エーリスはマルガレーテの返事を待たずに自分の机に駆けていき、テキパキと片付けをして、
「それじゃ、あがりまーす」
と、スキップしながらギルドを後にした。
賑わう街をルンルンで歩くエーリス。
「さて、どうしよっかな? とりあえずお酒でも飲みながらお昼でもつまもうかな?」
キョロキョロといい感じのお店を探しながら、人混みの中を歩く。
そこにスーッと腕が伸びて、エーリスの襟を掴んだ。
「ぐぇ! な、なに?」
驚いて振り向けば、そこには眼鏡にギルドの制服を着たカレンが立っていた。
「こんなところでなにしてるんですの? エリリン」
「なにって、明日からよくわかんないけど、冒険者たちと調査に行かせられるから、その為の準備をしてる最中ですよ。で、そんなレンレンはなにしてるんです? サボりですか?」
「貴女じゃないんだから、サボりなわけないですわ」
呆れてずり落ちた眼鏡を直しながら、カレンは少しだけ言い淀む。
「ちょっと、……局、じゃなかった本社に呼ばれてましたの」
「ふーん、また仕事ですか?」
「まぁ、身辺調査みたいなのを、ね」
それ以上は話す気がないのだろうカレンがあからさまに話を変える。
「ところでお昼まだなんでしょ? なら一緒しません事?」
「良いですけど、奢りませんよ」
「……甲斐性の無い貴女にたかるわけないでしょ。わたくしが奢ってさしあげますわ。ただし、お酒は一杯だけですからね」
カレンはエーリスを先導するようにして歩き出した。
まぁ奢ってくれるなら、店くらいカレンに選ばせようと考えたエーリスだったが、それが間違いだった。
「え? ここ?」
「そうですわ、入りましょ」
思わず外観を上から下まで眺め回すエーリスを置いて、カレンはさっさと店内に入っていく。
「えー、だってここ茶店だよ? お酒ないじゃん、嘘つきカレンー」
グズグズ言って、それでも奢りの魅力に勝てなかったエーリスもカレンを追って店に入った。
中は落ち着いた曲が流れ、珈琲の香りが強く漂っていた。
カレンはすでに窓際の席についていたので、エーリスもいそいそとその正面に座る。
洒落たメニューの裏側をジッと見るエーリス。
「なにやってるんですの? 裏表紙にはなにも書かれてないでしょ」
「うん。でも、ほら、大体お酒類って一番最後ってか、裏とかにあるじゃない。だから、こう目を凝らせば見えてくるんじゃないかと」
「はぁ~、馬鹿ですね」
カレンは呆れてさっさと注文をする為に店員を呼んでしまう。
「ちょっと待ってよ。まだ見えてないのに」
ぶーっと口を尖らせながら、エーリスは仕方なくメニューをちゃんと開いた。
カレンはミックスサンドに珈琲を、エーリスは慌てながらカツカレーとクリームソーダを頼んだ。
「お昼からがっつりしすぎじゃないかしら?」
「でも、一番高いのがカツカレーだったんだもん。奢りなら、一番高いのを頼むのが礼儀でしょ?」
「…………そんな礼儀はこっちでも、あっちの世界でも聞いた事がないですわよ」
「じゃ、きっとカレンと私の元の世界は違う世界なんだろうね」
カレンの突っ込みを上の空で、エーリスはまたメニューの裏側を凝視する。
「そんな礼儀のある世界は嫌ですけどね。まぁ、良いですわ。今は同じ世界でテーブルを囲んでいるのですから」
「……駄目だ。そういうスキルを持ってれば良かったのに」
エーリスはメニューを放り出して、丁度届いたクリームソーダを硝子のストローで啜る。
「なんか噛めないと落ち着かないよね。ストロー」
「仕方ないじゃない。こっちはプラスチックないですから。それと、ストローを噛むのははしたないですわよ」
「はーい、レンレンお母さん」
なんて言いながら、エーリスはクリームソーダのアイスをスプーンで一口。
「誰がお母さんですか! まったく、貴女はもう」
カレンは怒りながら珈琲を飲む。
そこには二人のミックスサンドとカツカレーが届き、暫く無言の時間が過ぎる。
「そう言えば、現地調査って、貴女が? それはなんの冗談ですの?」
ひとしきり昼食を堪能してから、カレンが不意に聞いてきた。
「冗談なら良かったですけどね」
「しかも冒険者と一緒なんて、エリリンそれじゃ貴女、ただの足手まといじゃないですの」
パクリとサンドを齧って、珈琲を優雅に飲むカレン。
「それはクラウに言って欲しいですね。でも、トウマくんも一緒に行くみたいですから、全部投げちゃえばいいんじゃないですかね」
「トウマって、シャ……んん、トウマ・スケアクロウ?」
コードネームを言いかけて、わざとらしく咳払いをするカレン。
「そうですよ。レンレンと一緒で、厨二病を患ってる人ですね」
エーリスはカツをスプーンで掬って、パクっと一口で頬張ると、頬いっぱいに咀嚼する。
「いや、わたくしは厨二病患者ではないんですけど?」
「いやいや、そんなわざとらしい喋り方に、同じエルフじゃないですか」
「あっちはダークエルフで、わたくしはハイエルフですわ。全然、まったく、これっぽっちも、同じなどではありませんわ」
それだけは譲れないって、感じでカレンは食べかけのサンドでグイっとエーリスを指す。
瞬間、エーリスの目がキラリと光った。
まさに電光石火。
「パク! ニュルリ、モグモグ」
瞬きすら許さない速度でカレンが持つサンドを口に収めて、ついでにカレンの指を撫でて距離をとる。
「うぇぇ、気持ち悪い! なに人のお昼まで食べてくれてるのよ!」
ガシャンと、珈琲のカップを鳴らしてカレンが怒るが、エーリスはどこ吹く風である。
「えー、どうせカレンが全部払うんですよ。なら、事実上はカレンが全部食べた事になるからいいじゃないですか」
パクリとまたカツを口に入れるエーリス。
「いいわけあるか! ……ですわよ」
周りのお客の目に気づいて、カレンは優雅を取り繕うように座り、黙ってエーリスを睨む。
「怖いって……もう、仕方ないな。ほら、交換って事で」
食べてるカツカレーじゃなく、溶けかけたクリームソーダのアイスを掬ってカレンの前に差し出すエーリス。
「まったく等価ではないのですけど……」
二度、三度、エーリスとアイスを見比べてから、カレンは意を決したようにアイスを口にした。
「もう、真面目に貴女と会話するのが疲れますわ。とりあえず、気をつけて行ってきなさいよね」
ぐったりしたカレンが、椅子に凭れて珈琲を啜る。
「まぁ、ほどほどにね。出来ない事は出来ないしね」
エーリスは最後に名残惜しそうに、メニューの裏側をまた見た。




