第26話 幸運VS不運
なぜか次の対戦相手が棄権して、そこから協議があって、急遽エーリスはシード枠になった。
「……マジ、もう帰りたい。これ、お給料出るよね?」
午後ずっとこれしかしてないんだけど? なんか不安になってきてギルドの方を見れば、マル先輩が楽しそうにニッコリと微笑んできた。
「あ、これダメなやつじゃない?」
なんてエーリスが違う意味で絶望してれば、リセエンヌがトコトコ気軽にやってくる。
「先輩、次は準決勝ですよ! ついにここまで来ましたね!」
「そうだね。来ちゃったね」
まったく温度の違う二人。
リセエンヌがエーリスの両手を掴む。
「信じてますよ! 先輩!」
グッと力を込めるリセエンヌが手を離せば、そこに木刀だけが残る。
「……ソウダネ」
エーリスは悲壮を込めた背中で、また戦場に戻っていた。
「まさかエリリンがここまで出来る奴だとは思わなかったよ」
「そうですね。私も夢のようですよ。てか、ランクAのリュウさんまで参加してるんですね。ドン引きです」
「おいおい、冒険者ってのは、そういうもんだろ。望む物の為には命すら賭けるのが冒険者さ」
キランと、歯を光らせるリュウ。
「いや、言ってる事は格好良いんですけどね」
半眼でエーリスは嘆息した。
「はい! では先輩の優勝の為に始め~!」
リセエンヌだけがずっと呑気だった。
「……」
「……」
睨み合う二人に、周囲の空気は重くなっていく。
エーリス以外の誰もが思った。
最初に仕掛けた方が負けると。
リュウがエーリスの呼吸を読むように、ゆっくりとすり足で間合いを計る。
エーリスは逆に、黙って目を閉じた。
「なに? 物凄く隙だらけだぞ……もしかして、誘ってるのか?」
慎重にリュウが動く。エーリスは微動だにしない。
暫くして、リュウが膝をついた。
「駄目だ、仕掛ける隙が逆にない! 俺の負けだ!」
悔しそうに地面を叩くリュウに、エーリスは静かに目を開ける。
「己が実力に気づいただけで、そなたは強者よ」
「エリリン!」
リュウの言葉を背中に聞いて、エーリスは戦場を後にした。
「先輩、素敵」
リセエンヌがそんな事を言ったのは、とりあえず無視をした。
で、決勝戦はすぐに来る。
「ついに、ついにここまで来ましたよ! 私、信じてました。てなわけで、最後の戦い始め!」
元気いっぱいにリセエンヌが叫ぶ。
最後の相手は冒険者ランクDのディルスだった。
「ここまで弱い俺が勝てたのは、神が味方をしているからだ。悪いなエーリスさん。勝つのは俺だ!」
そう意気込むディルス。
「うん。頑張って」
それを応援するエーリス。
「わかってるぜ。運で勝ってきた俺だ。アンタも運で勝ってきたのはな! さぁ、どちらの運が強いか勝負だ!」
駆け出すディルス。
そこに観客が叫ぶ。
「馬鹿! 自分から近寄るなんて自殺行為だぞ!」
「問題ない! 俺の運の方が強い!」
エーリスがもう持つのすらイヤな木刀を振るう。イヤイヤ持ってるのだから、木刀は簡単に手から離れてしまう。
「やっぱりな! 俺の勝ちだ!」
木刀は全然関係ない方向に飛んでいった。
「あわわ……」
エーリスはその場にしゃがんだ。別に負けるのはいいが、どう見ても手加減してくれる感じじゃなかったから。
エーリスの急な行動に、ディルスは意表をつかれて丸まったエーリスに蹴躓く。
「な、っと、だ!」
変な掛け声を出しながら、ディルスが倒れまいとバランスをとる。
そこにヒュンヒュンと木刀が回転して戻ってきた。
ズコ!
と重い音がして木刀はディルスの延髄に命中する。
「運がないのは、俺、だったか……」
真っ白な灰になった笑みを残して、ディルスは地面に沈んだ。
「……いや、こっちは不運だから…………えー、と」
仕方なくエーリスは起き上がると、
「最終奥義、黄龍爪牙。これを見せたのは、お前が最初で最後だろうな」
決めゼリフを高らかに言った。
「やったーー! 先輩優勝ですよ! これで先輩はいつでも私を指名出来ますね」
歓喜に抱きついてくるリセエンヌ。
「……で、それっていつ使う物なのよ。私、基本リセエンヌと一緒にカウンターに並んでるんだけど?」
「じゃぁじゃぁ、冒険者になってくださいよ、先輩。そしたら専属受付嬢になりますよ」
期待を込めたリセエンヌの瞳を、エーリスはめちゃめちゃ嫌そうに見る。
「無理。冒険者になったら、一日で死ぬ自信があるもん」
「えー、つまらないですよ、先輩~」
頬を引っ付けてくるリセエンヌに、エーリスは――周りの羨望と嫉妬の視線を感じながら――されるがままになっていた。
こうして、第一回リセエンヌちゃん争奪戦は不本意だがエーリスが優勝し、受付嬢が冒険者に勝つという変な伝説を作ってしまった。
――。
――――。
「エーリス、貴女ランクAの冒険者に勝ったんですって?」
呼び出されたクラウの事務室で、部屋の主が面白そうに聞いてくる。
「うぇぇ、なんで知ってるの? ライナにも聞かれたんだけど。アレは一種の病気だったんだよ。皆が変なテンションになって起きた事。私がランクAに勝てるわけないでしょ。ランクZにすら小指で負ける自信があるっての」
「ランクZって勝手にそんな下まで作らないでくれる。あと、そんな自信は捨てなさい」
呆れながら、クラウは自分の事務机に背を預ける。
「まぁ、良いわ。そんな凄腕のエーリスさんなら、現地調査もお手の物よね?」
「……はぁ? 無理だって。舗装された道じゃなきゃ、一歩ごとに躓く自信だってあるんだから」
「よくまぁ、そんなしょうもない自信ばっかり持つ事が出来るわね」
肩を竦めるクラウだったが、机の上に置いてあった紙を一枚拾うと、ヒラヒラとエーリスに見せるように振った。
「でも、貴女に拒否権はないのよ。この馬鹿みたいに飲んだ領収書をちゃんと経費で落として欲しいならね」
「汚い! クラウ汚いよ! ちゃんとそれで人を釣ったんだから仕事はしたもん!」
エーリスは頬を膨らませて拗ねるが、その視線はずっとクラウが振り続ける領収書にロックオンしていた。
「あら、そうなの? フレイムから聞いたけど、出来る事をしないでほぼお酒を飲んでるだけだった、って報告を聞いてるわよ」
「ぐぬぬ、カレンの奴余計な事を言って……」
唸るエーリスはおもむろにポケットから目薬を取り出すと、両目に十滴くらい点した。
溢れる目薬は頬を伝って、まるで泣いてるようだった。
「お願いだよ! 痛い……んしょ、その領収書だけは受理してー、前にも言ったじゃん。今月は厳しいんだよー!」
一回転びながら、クラウに縋り付くエーリス。
「はぁ~、もう言葉が出ないんだけど。貴女が私を馬鹿にしてるのはわかったわ」
「馬鹿になんてしてないよー」
エーリスはクラウのお腹に顔を擦り付ける。
「こら、目薬を拭くな!」
「だって、目がジンジンするんだもん」
「だもんじゃない! まったく、わかったから、領収書は受理してあげる」
「えへ、ホント?」
抱きついたまま、エーリスは顔をあげてクラウを見れば、なぜか疲れた顔をしている。
「最近寝てないの? 顔、酷いよ?」
「貴女の所為でしょ!」
心配したのに、エーリスは怒られてチョップを食らった。
でもマル先輩とは違って全然痛くはなかった。
それでも痛いですアピールでエーリスは頭を擦る。
「まったく、領収書は受理してあげる。でも、その分の仕事はしてもらうわ。大丈夫。貴女はただギルド職員として冒険者たちの後ろをついていくだけだから。今回はシャドウもつけるしね。指令は東ギルドに直接出すから準備はしておきなさいよ」
クラウは領収書を机に戻して、それだけ言うと「頑張ってね」と魔法陣を発動させた。
それはつまり、拒否権はないって事だった。




