第24話 争奪戦
それは麗らかな昼過ぎの事だった。
今日のエーリスはギルドボードの前に直立不動で立っていた。
その首には『反省中、お気軽にお声をお掛けください』という文字が書かれた看板がぶら下がっていた。
「辛い。座りたい。出来るなら帰りたい」
その三つの単語を延々と呟き続けるヤバい姿に、けれど誰も気にした素振りを見せずに、
「おう、エリリン、今日の罰はそれか」
なんて気軽に声を掛けていくだけだった。
誰一人、エーリスにクエストの事を聞かないのは、単に信用されてないわけでなく、今日もリセエンヌが受付カウンターに座ってるからだ。
だからこそ、余計に暇で退屈で仕方ない。
でも、あくびの一つでもしようものなら、絶対にマル先輩に怒られる。だってカウンターの向こうから、ずっとこっちを観察している視線がビシビシと刺さるのだ。
「うぅ、緊張しすぎて気持ち悪くなってきたかも……」
ダラダラと冷や汗を流すエーリスに、ふにょんっと柔らかい物が頭に乗り、ギュッと抱き締められる。
「あら、エリリン。顔色が悪いみたいだけど大丈夫?」
ゆったりと、どこか余裕を感じさせる喋り方が頭上から聞こえてくる。
その声にエーリスは聞き覚えがあるし、こんな事をするのは一人しか知らない。
「だから、人の背後を取るのやめてくれません? レディさん。あと、胸が重い。もぎますよ」
レディアナ・ルーンフェルド。S級の冒険者であり、ギルガルドのクラン『黎明の獅子』に所属する一人だ。
「良いわよ。私も少し軽くしたいしね」
「……クソ、これが持ってる者の余裕か。負けた」
「ふふ、残念ね」
悉く余裕を見せつけられて、エーリスはちょっと涙目になる。
「もぅ、なにしに来たんですか? レディさんならうちを通さなくても黎明の獅子の方で指名クエストがいっぱいでしょ」
「つれないわね。エリリンに会いに来てあげたのに。聞いてるわよ。今は受付の仕事を新人ちゃんに取られてるって」
「……あぁ、なるほど。とどめを刺しに来たんですね。グフ」
エーリスはそのままレディアナの腕の中で深い眠りについた。
――瞬間に豪速球でバインダーが飛んでくる。
バインダーは寸分違わずエーリスのこめかみに直撃した。
ズガン!
みたいな音が響いて、
「んぎゃーー!」
エーリスが悲鳴を上げる。
それでもまったく動じないレディアナが落ちたバインダーを見れば、そこに一枚のメモが挟まれていた。
「寝るなだってよ、エリリン」
律儀にその内容を伝えてくるレディアナ。
「オォォォ、今違う意味で寝そうなんですけど……ところでレディさん、私のこめかみはまだちゃんとあります? だるま落としみたいにスコンとどこかに飛んでませんよね? これ以上小さくなるのはごめんなんですけど」
「いいじゃない。もっと小さくなれば。なんなら、ポケットに入るくらいになればもっとかわいいわよ」
「私はハムスターじゃないんですけど……いや、結構良い暮らしが出来るかもしれない」
ムムム、と悩んで唸るエーリス。
「にしても本当に人気なのね、新人ちゃん。でも、これって業務的にどうなのかしら? 奥で事務処理をやってる方が良いんじゃない?」
レディアナが外まで続くんじゃないかという列を見て呆れて言う。
「まぁ、普通ならそうなんですけどね。でも、リセエンヌはハーフなんですよ。だから自分のスキルの制御は上手く出来ないんです。変に事務処理だけをやらせると、今度は職員の人たちがチヤホヤして仕事にならないんですよ」
「……なんで、あの娘はギルド職員なんてやってるのか、それでわかったわ。他じゃ使えないわね」
そのレディアナの言葉にエーリスは朗らかに笑う。
「居場所が一つあるだけで十分でしょ。それにどこへ行っても嫌われるようなキャラじゃないですよ、リセエンヌは」
「ふーん、そう。でも、ちゃんと対処しないと大変な事に」
なるわよとレディアナが続ける前に、バタバタとそのリセエンヌが走ってきた。
「先輩ーー!」
ピタっとエーリスの前に止まると、いそいそとレディアナの手を解いてから抱きつくリセエンヌ。
「助けてください、先輩! 始まっちゃったんです!」
「はぁ? なにが?」
「なにがじゃないですよ! 第一回、リセエンヌちゃん争奪戦がですよ!」
説明を求めたはずなのに、なぜかさらに訳が分からない言葉が返ってくる。
「え? なに? 争奪戦?」
「そうですよ! 誰が優先的にリセエンヌちゃんにクエスト処理をしてもらえるかっていう優先権をかけた戦いですよ!」
「くだらない。で、私にどうしろと?」
呆れてエーリスが聞けば、リセエンヌは真剣な顔して見つめてきて、すぐに頬を擦り合わせながら、
「もちろん、先輩に出場して欲しいんですよ。お願いですよ~、私の為に優勝してください~」
「え、無理」
考える素振りすら見せずにエーリスがきっぱり言えば、リセエンヌがさらに頬をくっつけてくる。
「ウゥゥ、ここは私に任せろって決めるところじゃないですか。大丈夫です、もうエントリーは済ませてますから」
「いいじゃない。もう出場が決まってるのなら、かわいい後輩の為に頑張ってあげれば」
黙って成り行きを見ていたレディアナがそこで口を挟んできた。
「んな無責任な。悪いですけど、私、箸より重たい物はお酒しか持てませんよ。こういうのマル先輩の出番でしょ。筋肉ゴリ――んギャーー!」
またスコンとバインダーが飛んできた。
落ちたバインダーには一言『次は殺す!』って書かれていた。
「ズレた。これは絶対にズレたよ。ちょっとリセエンヌ、私のこめかみズレてるだろうから、もとに戻してくれない?」
「大丈夫です。まだズレてないですよ、先輩。でも、もうマルガレーテさんの事は言わない方が良いですよ」
神妙な顔になってリセエンヌが呟く。
「愉快なギルドね。で、そのリセエンヌちゃん争奪戦ってのはなにをやるの?」
「それはもちろん決闘ですよ! 一対一で戦って最後まで勝ち残った人が私をゲット出来るんです! ……というか、どちらさまです? 先輩とはどんな関係の人なんですか?」
ジロと見るリセエンヌに対して、レディアナは余裕を見せるように笑うと、彼女の手からエーリスを引き剥がしてまた抱き寄せる。
「ふふ、こんな関係よ」
「な、な、な、な、ダメです! 先輩は私のですからね!」
今度はリセエンヌがエーリスを引き寄せようと腕を引っ張る。
「痛い痛い痛い」
「我慢です、先輩」
「あら、リセエンヌちゃん争奪戦の前に、エリリン争奪戦かしら?」
「おいおい、そんなちんちくりんを放っといて、そろそろ争奪戦を始めようぜ」
そこにゾロゾロと冒険者たちが集まってきた。
彼らは全員、リセエンヌちゃん争奪戦の参加者たちらしい。
「ば、馬鹿じゃないの? ……」
綱引きの綱状態のエーリスはそれしか言う言葉がなかった。




