第21話 月下の不死身
「貴方……何者なんです? それで人間なんて言わないですわよね?」
轟々と燃える炎の中で、アルクは平然と笑っている。
自分の攻撃がまったく効いていない事に、カレンは痛みに耐えながら、その違和感に眉を顰める。
「だから人間だよ。ちょっと特殊な人間だ」
「嘘をおっしゃらないでくれますか? たとえエトランジュでも、わたくしの炎を食らって平気な人なんて少数ですのに、人間が無事だなんてあり得ません」
腕に刺さったままの剣を放り投げて、ゼファーがまたカレンを守るように立つ。
「あの金髪の少女が言っていたな。人間ではないと。貴様、ホントは何者なんだ?」
「フン。うるさいヤツらだ。どうせもう死ぬ貴様には、俺がなんであろうと関係ないだろ!」
アルクが腕を振るう。
「なっ?!」「キャ!」
それだけで烈風が、彼を襲う炎をかき消し、ゼファーとカレンをふっ飛ばした。
空中で体勢を立て直して二人はなんとか倒れずに着地するが、アルクは既に二人の前に迫っていた。
火傷でドロドロになった顔でアルクは笑う。
「死ねよ!」
両腕を高速で振るえば、カレンとゼファーはそれだけ肉を斬られてボロボロになる。
カレンは炎の原子配列を整え、透き通る刃をアルクに振るった。
「なっ?! 嘘? ……」
それはカレンが持つ最強の攻撃の一つだ。
なのに、アルクはそれを片手で止めた。
剣による燃焼を物ともせずに、
「だから、温いんだよ」
簡単に砕いてしまう。
ゼファーが両腕を戦斧に変えてアルクに迫る。
銀の閃が走り、カレンの攻撃によってぐちゃぐちゃになったアルクの右腕を両断した。
足を止めずに駆け抜けようとするゼファーだったが、その首をアルクが掴む。
「逃さねぇよ。人の腕を斬ったんだ。お前の首をへし折っても文句はないよな」
「ミミック!」
叫ぶカレンに、アルクが血走った目を向ける。
「動くなよ。動けばすぐにこいつ殺すぞ」
「な、舐めるなよ!」
ゼファーが体をスライム状に変えてアルクの手から逃れようとするが、足下に落ちた所を踏みつけられる。
「フン。気持ち悪いスキルだな」
絶体絶命のピンチに、カレンの視線はエーリスに向いてしまう。
一体いつまで死んだふりをしてるんだ。早く立って戦ってよ。
そう思って見つめるのだが、エーリスは微動だにしない。
「……嘘? ホントに…………」
死んでるの? その言葉だけは辛うじて飲み込む事が出来た。
それは最後の防衛線だった。
だってアルクはこんなに強いのだ。自分の攻撃が何一つ効かない敵だ。エーリスの強さは知ってる。けれどそれは……今の彼女じゃないんだ。
再生能力だって万能じゃないはずだ。
だから、その言葉を口にしたら最後、それが本当の事になりそうで……。
「ア、アルク……なのか?」
そこでカレンは意識を引き戻される。慌てた声の方を見ればナイルズが立っていた。
「なんだナイルズ、起きたのか。お前はホントに愚図だな。起きてほしい時には起きないで、こんな時に目を覚ますんだからな」
アルクはゆっくりとナイルズを振り返った。
「やっぱりアルクなのか、その姿は……それに腕が……」
言葉を失うナイルズに、アルクはなんでもないと笑う。
「ハハッ、気にするな。どうせすぐ治る」
スライム状のゼファーをカレンに向かって蹴り飛ばし、アルクは斬られた右腕を拾うと傷口にくっつける。
それだけで右腕は元通りになったのか、アルクは感触を確かめるように指を動かす。
「ほらな。月の下での俺は不死身だ」
「化け物……」
思わずナイルズは呟いてしまった。
だが、それも仕方のない事かもしれないとカレンは思う。だって、右腕をくっつけた所から、他の傷も、火傷も見る見る治っていくのだ。
この世界には回復魔法も存在するが、ここまでの傷を瞬時に治す事は出来ないし、それなりに道具が必要になる。
ただ呪文を唱えるだけでは、治癒能力を促進する程度なのだ。しかも、アルクはその呪文すら唱えていない。
「貴方、やっぱり人間じゃありませんね。腕輪がない所からして、亜人――」
烈風がカレンを襲う。
炎の壁でそれを防ぐが、その炎を突き破ってアルクの腕がカレンを掴んだ。
「言葉を選べよ、亜人。お前がまだ生きてるのは、単に俺の気まぐれなんだから」
「ック、離しなさいよ!」
アルクはカレンを片手で持ち上げる。
足をバタつかせて抵抗するが、まったく拘束を外す事は出来なかった。
そんなカレンを無視して、アルクはナイルズに向き直る。
「おい、なんだよその目は。それに化け物だって? 幼馴染に向ける言葉としては、ずいぶんと酷い言葉だな」
アルクはカレンをそのままに、ナイルズに向かって歩き出す。
そこに元に戻ったゼファーが行かせまいとアルクの足を掴むが、
「お前はもう死んでろ」
アルクは無造作にゼファーの頭を踏みつけた。
地面が衝撃でへこみ、ゼファーは動かなくなった。
「なぁ、ナイルズ。俺たちは幼馴染で、親友だろう? なのに、なんで俺に剣を向けるんだ?」
ナイルズは震える手で剣をアルクに向かって構えていた。
「これは、違う……いや、その……」
自分の行動に戸惑うナイルズは、それでも剣を下ろす事はしなかった。
「おいおい、まさかお前も俺を亜人だと思ってるのか?」
アルクが悠然とナイルズに歩いていく。
「それは、だって、どう見たって……」
後退るナイルズ。
「だから俺は人間だよ。いいか、亜人どもは違う世界の記憶を持っている。でも俺は、この世界の記憶しか持ってない。お前だって、幼少の時から俺と一緒にいるだろ? なら、俺は最初からこの世界にいた人間じゃないか」
「……そうだ……な。お前と、彼女と遊んだ記憶はちゃんとある。けど……」
「けどなんだ? まさかそれでも、俺を人間とは思わないって?」
アルクはもうナイルズの目の前に立っていた。
「いい加減、剣を下げろよ。じゃなきゃ、危なくってなぁ、ほら、な?」
言ってアルクは掴んでいたカレンを、ナイルズが握る剣の切っ先に向けて一歩踏み出す。
「グゥゥ……」
カレンが痛みに唸る。
刃を赤い血が伝って地面に落ちた。
「ハハッ、そう言えば、お前はまだ亜人を殺した事がなかった。汚い仕事は全部、俺がやってやったもんな。いい機会だ、やっぱり剣を下ろすなよ」
ゆっくりアルクはカレンを剣に押し付ける。
「あ……あぁ……」
柄から伝わってくる感触にナイルズは手を離そうとするが、アルクの気迫に体が上手く動かせないようだった。
そこに、
「ニャー」
とアルクの頭に仔猫が乗ってくる。
同時に、カレンを掴むアルクの腕と、剣を握るナイルズの腕がストンと地面に落ちた。




